第12回 ハッピー航空

不登校日記
 「ピンポンパンポーン。ハッピー航空でバースデーアイランドへご出発の方は、一番ゲートよりご搭乗下さい」
 また、あの空港アナウンスが聞こえてきた。でも僕は空港にいるわけではない。僕は今、自室のベッドの上で朝を迎えた。
 このアナウンスは、僕の本を読んで下さった方から送って頂いた、音の出る飛行機のバースデーカードで、ボタンを押すと祝福のアナウンスが流れるのだ。しかもただのバースデーカードではなく、両翼と尾翼に発光ダイオードが入っていて、アナウンスに合わせて本物の飛行機のように光る仕組みになっている。
 それを気に入った祖母が、僕の起床ラッパ代わりに鳴らすようになったのである。祖母が何故それを好きになったのかと言うと、昔、海外旅行に行った時に聞いた空港アナウンスを思い出し、懐かしいからだそうだ。
 祖母は昔、祖父とまだ若かった娘(つまり僕の母)と3人でハワイ旅行に行ったのだが、祖父母はビジネスクラスに席を取り、母はひとりだけケチってエコノミーに席を取ったという。また、五十代の頃、友達とアメリカ西海岸を旅行して、ロサンゼルスの安宿に泊まり、カギとドアチェーンを掛けようとすると、チェーンは根元から壊れて落ちたそうだ。その夜は、一睡もできなかった、ではなく疲れていてぐっすり眠ったそうだ。祖母はこんな話の後はいつも「若かったあの頃~♪ 何も怖くなかった~♪」と歌う。七月には七十八歳だ。

 僕はあのメッセージカードのおかげで、さわやかな声ですっきり目覚めるので、大声で起こされて重い瞼を無理矢理こじ開けたり、お玉でフライパンを打ち鳴らされて、飛び起きたりするよりはずっと楽しい。
なんとか起き上がり、顔を洗い服に着替えると、一階へと降りる。そこで愛犬のすみれが尻尾を振って待っている。最近は、あの起床ラッパが採用されてから、“アナウンスが鳴る=僕が降りてくる”と考えているようで、あのアナウンスが鳴り始めると、いつも階段の方をしきりに見つめているらしい(祖母談)。
 あのバースデーカードは頂いてから数日後に、すぐ起床ラッパとして採用された。それから朝方はもちろん、日中でも祖母の気まぐれで鳴らされるようになった。あまりにも毎日鳴らされているので、最近アナウンスの声が、だるそうな投げやりな声になってきたような気がする。もしかしたら、いずれ音声ボタンを押すと「そんな毎日毎日言ってられっか!」という返事が聞こえてくるような気がする。しかし、今のところは文句も言わず、いつものすがすがしいアナウンスで僕を起床させ、すみれの目線を階段へと向けさせている。
 母と、腰痛で今や海外旅行など夢のまた夢と言っている祖母は、僕がいつかこの様なアナウンスを聞きながら、世界へ飛び出すのを楽しみにしているそうだ。

 それからしばらくして、再びその方から手紙が届いた。手紙だけにしては少し大きくて分厚い。開いてみると、今度は赤い飛行機が入っていた。鳴るアナウンスは前回と同じだったが、僕は嬉しかった。今、祖母は二機を同時に鳴らして僕を起こしている。その後も、その方から様々なメッセージカードを頂き、今や僕の本棚には飛行機赤青各一機、新幹線はやぶさなどが並べられている。
今日も我が家にさわやかなアナウンスが鳴り響く。
「シートベルトをしっかりお閉め下さい。当機は間もなく離陸致します。素晴らしい一年をお過ごし下さいませ」

 給いたる紙飛行機と夏空へ

 


小林凜 (左)。右はひとつ年下の濱口瑛士くん (著作『黒板に描けなかった夢』)。同じく不登校に悩みながら、芸術活動を続ける仲間として交流している。
小林凜 (左)。右はひとつ年下の濱口瑛士くん (著作『黒板に描けなかった夢』)。同じく不登校に悩みながら、芸術活動を続ける仲間として交流している。

小林凜 (こばやし・りん)

本名・凜太郎。2001年、5月大阪生まれ。中学3年生になった今も不登校の日々が続く。小学校入学前から句作を始め、9歳の時に朝日俳壇に「紅葉で神が染めたる天地かな」で初投句初入選。

2013年に『ランドセル俳人の五・七・五 ~いじめられ行きたし行けぬ春の雨』、翌年『冬の薔薇立ち向かうこと恐れずに』(ともに小社)を出版し、話題を集める。好きな俳人は小林一茶。母と祖母と犬と暮らす。