第14回 ケロちゃんが来た日

不登校日記

 それは、僕が犬のエサを買うために、母となじみのペットショップに行った時の事だった。僕は、暇なのでしばらく店内をぶらぶら歩いていた。そして爬虫類コーナーで足を止めた。いつの間にか、トカゲコーナーと蛇コーナーの間にカエルコーナーができていた。できて間もないからか、そのコーナーに水槽は二つしかなかった。
 二つのうち一つは、「七千円」と書かれていて、水が張られ、灰色の水かきのある、覚えづらい名前のカエルがプカプカ浮いていた。どこの国から来たのかもわからない。もう一つは、水はたいして入っておらず、湿った水苔の中心に、小さな緑色のカエルが鎮座していた。名札を見ると、「ファンタジーツノガエル 三千八百円+税」と書いてあった。僕は、さっきの地味なむずかしい名のカエルよりも、この安くてかわいらしいカエルに引き寄せられた。早速母を呼びカエルを見せたが、母は案の定、顔をしかめ「帰るよ」と足早に店から出て行ってしまった。
 たいていの人はここで「完」の一文字を予想するだろう。しかし、物語はこれで終わりではない。ここから、母と僕の熾烈な戦いが始まるのだ。
 僕は、ペットショップから持ち帰ったカエルの宣伝チラシを見せ、「エサは生きた虫じゃなくてもよい」「十年と長生きする」などメリットを言ったが、母は「エサやりが大変」とか「値段が高い」とか、デメリットを言った。
 僕はある時は、図鑑のカエルのページを開きっぱなしにして床に放置してアピールし、またある時は、動画サイトでカエルの鳴き声を流した。そんなことを繰り返す数日間が続き、ある朝、ついに僕の執拗かつ計画的な戦法に母が折れた。

 数日後、僕はペットショップへ向かう車の中にいた。店に入ると、母がカエルコーナー担当の男の店員さんに、ファンタジーツノガエルを指さし、「この子をください。用意を調えてから数日後に迎えに来ます」と言った(灰色のカエルは値段のせいか、見た目のせいか、未だに売れ残ってプカプカ浮いていた)。すると、その店員さんは、「売約済み」の札を貼りながら、カエルに向かって「よかったやん」と言って微笑んだ。カエル自身は上の空だったかも知れないが、母はその言葉をずっと忘れていない。
 普通、ペットショップの店員さんは、生き物を育てて、お金を受け取って新しい飼い主に引き渡すだけが仕事かと思っていた。しかし、その店員さんのカエルを見つめる目や言葉には、生き物たちに対する愛情がこもっていた。店員さんは、飼い方を書いたメモ(「フードを食べない場合は生きたコオロギかメダカをあげてください」等と書いてあった)をケロちゃんの入ったプラケースに貼って、僕に渡した。こうして数日後、我が家に“ケロちゃん”がやって来た。
 読者の皆さんは、今度こそ「完」の一文字が出るとお思いだろう。ところがどっこい。ケロちゃんが家族の一員に入れたからと言って油断は禁物だ。
 買ってきたその日は、既にエサをもらっていたので観察しているだけだったが、次の日は、エサを与えなければならない。分量を見極めて、エサの素となる配合フードの粉と水を調合し練り合わせて、錬り餌を作るのだ。そして、一番大変なのが、それを丁度良いサイズにちぎってピンセットで挟み、ケロちゃんの目の前に持っていって、エサが生きているかのように左右に動かして、食べて貰うことだ。もし、これで食べてくれなければ、苦渋の選択だが、生け贄(生きたコオロギかメダカ)を与えなければいけない。だがケロちゃんは、疑うことなく一つ目のエサにぱくつき、口をぱくぱくさせて次のエサを催促した。僕と母は安心したが、祖母は「十年も生きるって!? また私よりも長生きする生き物が我が家に来た……」とブツブツ言っていた。
 エサは二日に一回。次のお食事タイムはあさってだ。
しかしその日、事件は起こった。
僕と母がいくらケロちゃんの目の前でエサを動かしても、全く食べなくなったのだ。祖母は、この時を待っていましたとばかりに、「最初から無理やったんや! 返品や!」(返品はできないが……)と叫び出し、母と大げんかになった。一方、喧嘩の元となったケロちゃんは、まるで春の野原でも眺めているかのような顔でそれを見ていた。スターウォーズのプラモデル(ファーストオーダー・ストームトルーパー 価格二千円)を作っていた僕は、普段は祖母の説教を聞き流すだけだったが、今回は黙っていられず、ちょくちょくニッパーを握る手を止めて、祖母の意味不明な抗議に反論した。
ペットショップに電話した結果、次の日まで待ってもう一度エサを与え、それでも食べなかったら生け贄(!)を与えてくださいとのことだった。そして運命の翌日、僕と母は、インターネットで調べた「フードを食べない時は生の鶏ささみをあげたら食べた」という情報を希望の光としてもう一度やってみることにした。
 今度は食べてくれるだろうか。母が震える手で、スーパーで買ってきてくれた高級豊後鶏のささみを小さく切り分けてケロちゃんの口元に持っていった。しばらくじっとしていたケロちゃんだったが、ついに、口を大きく開けて、鶏ささみに食らいついた。家族全員が歓声を上げた。こうして、ケロちゃんは一センチほどの鶏ささみの切れはしを見事、完食したのだった。今頃ペットショップのコオロギやメダカはホッとしているだろう。
 こうしてケロちゃんは正式な我が家の家族と認定された。これで一旦物語は終わるが、もし再び僕のカエルライフに闇が迫ることあらば、そして、新しい出来事が起こったならば、僕はこの続きを書こう。

ケロちゃん

 


小林凜 (左)。右はひとつ年下の濱口瑛士くん (著作『黒板に描けなかった夢』)。同じく不登校に悩みながら、芸術活動を続ける仲間として交流している。
小林凜 (左)。右はひとつ年下の濱口瑛士くん (著作『黒板に描けなかった夢』)。同じく不登校に悩みながら、芸術活動を続ける仲間として交流している。

小林凜 (こばやし・りん)

本名・凜太郎。2001年、5月大阪生まれ。中学3年生になった今も不登校の日々が続く。小学校入学前から句作を始め、9歳の時に朝日俳壇に「紅葉で神が染めたる天地かな」で初投句初入選。

2013年に『ランドセル俳人の五・七・五 ~いじめられ行きたし行けぬ春の雨』、翌年『冬の薔薇立ち向かうこと恐れずに』(ともに小社)を出版し、話題を集める。好きな俳人は小林一茶。母と祖母と犬と暮らす。