第17回 絶望の先にあるもの

不登校日記
 「人は救いや希望のなさを受け容れた時に気持ちが楽になる瞬間がある。絶望から立ち上がる微笑みのことをユーモアと呼ぶ。説話や寓話は本来、語り伝えるものだった。自らの諦観を噛み締めながら、僧侶や語り部が語り出す時、安心して絶望と戯れることができた」
 これは、今朝の新聞(朝日新聞二〇一六年四月十一日付)に載っていた、『山椒魚』などの著者、井伏鱒二氏について、作家の島田雅彦氏が書かれた文章だ。祖母が、「我が家の心理状況に似ている」と言って僕に読み上げたのだ。「期待もせず、求めもしなかったら、安心して絶望と戯れることができた」。こうやって絶望を切り抜けていく。この言葉を聞かせたい人達がいた。誰だっただろう?

 それはそうと、「絶望から立ち上がる」この言葉と似たようなものをこの文章以外でも聞いたような気がする。何だっただろう。そうだ、思い出した!僕がi-Padを使って出したのは、自分のはまっているゲームのワンシーンだった。
 そこには、主人公の戦士が、攻めてきた魔王に向かって、「オレは絶望していた。でもその絶望の先にあるものを見つけたんだ」と言っていた。このセリフ、あるいはゲームを知らない人が見たら、「なんのこっちゃ」と思うだろうから一応解説しておく。これは海に巣くう魔王に妹を奪われ、絶望に沈んだ戦士が立ち上がり、魔王を倒すべく絶望を乗り越え、最終的には魔王を倒し妹を救い出すというストーリーで、ここでの「絶望」は、「家族を失った苦しみ」であり、「その先にあるもの」とは「再び家族と再会した喜びと希望」と見て取れる。

 いつまでも絶望に浸ってはいられない。それを乗り越えてこそ、希望を見つけ出すことができるのだ。いじめを傍観し、遊びとして認識し、それに異議を唱える者を異端視して楽しむ者のいる学校。そんな学校に絶望し、もはや学校に何かを求める事を諦め、そこから自らを切り離すことを選んだ僕は今、絶望と戯れているのだろうか。それとも、もう切り抜けて、「その先にあるもの」を見つけ出せたのだろうか。いや、僕は既に絶望から立ち上がっている。
今の僕には、かつては見えなかった何かが見える。

 余談だが、祖母や母は、ゲームは何の生産性もない物という批判を聞いて、邪悪視していた。しかし僕のプレイしているゲームは、キャラクターのセリフの中に、役に立つ言葉や難読な漢字の読みがあり、ストーリーからは人生論が学べると分かって、プレイを許可されているのだ。元はと言えば、僕がそういうゲームの利点を必死になって、あの手この手でアピールしたからなのだけれど…。
 ある時、祖母がゲームのストーリーを聞いて、「そんなゲームの架空の世界、何が楽しいん?」と尋ねた。僕は「一週間に一度くらい、人間界を離れるのもええもんよ」と答えた。

 


小林凜 (左)。右はひとつ年下の濱口瑛士くん (著作『黒板に描けなかった夢』)。同じく不登校に悩みながら、芸術活動を続ける仲間として交流している。
小林凜 (左)。右はひとつ年下の濱口瑛士くん (著作『黒板に描けなかった夢』)。同じく不登校に悩みながら、芸術活動を続ける仲間として交流している。

小林凜 (こばやし・りん)

本名・凜太郎。2001年、5月大阪生まれ。中学3年生になった今も不登校の日々が続く。小学校入学前から句作を始め、9歳の時に朝日俳壇に「紅葉で神が染めたる天地かな」で初投句初入選。

2013年に『ランドセル俳人の五・七・五 ~いじめられ行きたし行けぬ春の雨』、翌年『冬の薔薇立ち向かうこと恐れずに』(ともに小社)を出版し、話題を集める。好きな俳人は小林一茶。母と祖母と犬と暮らす。