第4回 薔薇の先生Ⅱ――てんとうむし

不登校日記

 我が家の冷蔵庫の扉には、てんとう虫がいる。とはいっても、本物のてんとう虫ではない。
 それは、僕が二年生の頃のことだ。教室から外に出ようとすると、誰かに足首を捕まれ、そのまま転倒した。倒れる寸前、自分の足首が見えた。僕の足首にはある男子がしがみついており、僕を憎たらしい目つきで見上げていた。その直後、僕の顔面は床に叩きつけられた。
 そこで母は担任に、僕は小さく生まれたので、頭部を打撲すると命にかかわる危険が伴う。極力注意をして生活するように、医師から言われている事を説明した。だが、担任が口にした言葉は、「そんなに頭が心配ならヘルメットでも被ればどうですか?」だった。もしその時、今の僕がいたならば激怒していただろう。そんなたわごとを言っている暇があるのなら、まず、暴力を止めさせることが先決ではなかろうか。家族は失望した。
 そんな時、祖母は薔薇の先生と出会うと、長々と愚痴を聞いてもらっていた。僕はその間、人影まばらになった校庭の朝礼台で、ひなたぼっこをしながら祖母を待った。まさに至福の時間だった。

日向ぼこ時を忘れて話しけり

俳句と絵は小学2年生の時の作品

俳句と絵は小学2年生の時の作品

 その後、僕に一通の手紙が届いた。それは薔薇の先生からだった。封筒を持ってみると、手紙の他にも何か入っているようだった。開けると、てんとう虫のマグネットが転がり出てきた。手紙には、それとそっくりのてんとう虫の絵が描かれていた。
 その日から、僕の家の冷蔵庫にはてんとう虫が留まっている。これからもずっと、冷蔵庫から僕を見守り続けているだろう。

薔薇の先生から頂いた手紙

薔薇の先生から頂いた手紙



小林凜 (左)。右はひとつ年下の濱口瑛士くん (著作『黒板に描けなかった夢』)。同じく不登校に悩みながら、芸術活動を続ける仲間として交流している。
小林凜 (左)。右はひとつ年下の濱口瑛士くん (著作『黒板に描けなかった夢』)。同じく不登校に悩みながら、芸術活動を続ける仲間として交流している。

小林凜 (こばやし・りん)

本名・凜太郎。2001年、5月大阪生まれ。中学3年生になった今も不登校の日々が続く。小学校入学前から句作を始め、9歳の時に朝日俳壇に「紅葉で神が染めたる天地かな」で初投句初入選。

2013年に『ランドセル俳人の五・七・五 ~いじめられ行きたし行けぬ春の雨』、翌年『冬の薔薇立ち向かうこと恐れずに』(ともに小社)を出版し、話題を集める。好きな俳人は小林一茶。母と祖母と犬と暮らす。