第7回 喧嘩両成敗

不登校日記

  これは僕が五年生の時の話だ。
 一緒に住んでいた祖父が元気だった頃、僕がされていたいじめを聞いて、「やられたらやり返せ! それしか解決策はない!」と言っていたが、母は「自分からは絶対手を出すな」と言っていた。
 一学期の、ある音楽の時間、楽器を取りに準備室に行こうとすると、先に行って戻ってきた同級生と鉢合わせしてしまった。通路は狭いので、どちらかが譲らないと通ることは出来ない。すると同級生の口から信じられない言葉が飛び出した。「消えろ、クズ!」。それだけ言うと、彼は僕を突き飛ばして去って行った。
僕は我慢できず、音楽の教師に「リベンジして来ます」とだけ言って、その同級生の脚を蹴りにいった。が、音楽の教師に阻止され、そのまま引き戻された。それ以上は何も起こらずに音楽の授業は終わった。
しかし、授業の終わりに音楽の教師が、全員に「今日、授業中に問題がありました。問題を起こした者は立ちなさい」と言った。僕に暴言を吐いて突き飛ばした同級生は立ったが、僕は立たなかった。すると音楽の教師は、「凜太郎さん、あなたもです」と言った。僕は、「自分は問題を起こした側ではなく、起こされた側なのに、なぜ立たなくてはいけないんですか」と言った。すると、音楽の教師は、「問題に関わった者は全員立ってもらいます」と言った。周りからも、「立て」「立て」と非難が始まったので、渋々立った。
 僕からそれを聞いた母が、音楽の教師に抗議したが、音楽の教師は「喧嘩両成敗です!お母さん、目を覚ましてください!」と声を荒げた。それを横で聞いていた校長は、頬杖をついて見ているだけだったらしい。母も僕も学校への信頼をなくした。

 こうして僕は、教師の不適切な対応に我慢ができず不登校の選択をし、五年生が終わるまでの九ヶ月間、自宅で過ごした。
だが、六年生になる前に、その状況をひっくり返すできごとがあった。桜が満開の公園を歩いていると、僕に「消えろ、クズ!」と言った同級生が仲間と遊んでいた。彼は僕に近づいてくると、「いじめてごめんなさい」と頭を下げた。僕はびっくりして硬直し、その様子を見ていた祖母も驚いたが、祖母は、「君のお母さんはきっと立派ないい人やね」と彼に言った。後で理由を聞くと、母親が立派でないと子が謝る筈がない、と祖母は語っていた。
彼と一緒にいた友達が、「また学校においでな」と言った。その時、僕たちの周りには桜の花びらが舞っていた。僕は、春休み明けから再び学校に行くことにした。

仲直り桜吹雪の奇跡かな

 


小林凜 (左)。右はひとつ年下の濱口瑛士くん (著作『黒板に描けなかった夢』)。同じく不登校に悩みながら、芸術活動を続ける仲間として交流している。
小林凜 (左)。右はひとつ年下の濱口瑛士くん (著作『黒板に描けなかった夢』)。同じく不登校に悩みながら、芸術活動を続ける仲間として交流している。

小林凜 (こばやし・りん)

本名・凜太郎。2001年、5月大阪生まれ。中学3年生になった今も不登校の日々が続く。小学校入学前から句作を始め、9歳の時に朝日俳壇に「紅葉で神が染めたる天地かな」で初投句初入選。

2013年に『ランドセル俳人の五・七・五 ~いじめられ行きたし行けぬ春の雨』、翌年『冬の薔薇立ち向かうこと恐れずに』(ともに小社)を出版し、話題を集める。好きな俳人は小林一茶。母と祖母と犬と暮らす。