第27回 「おもやい」グッピー

不登校日記
 それは僕が朝の日課である、魚たちのエサやりをしていた時の出来事だった。僕はグッピーの水槽のフタを開け、水面に群がってきた群れにフレーク状のエサをばらまいた。するとそれをグッピー達はあっという間に食い尽くしてしまう。そんな小さな口でなぜここまでエサを求めるのだろうか。そしてこんな小さな体でどのようにして大量のエサを食い尽くすのだろうか。僕はそれが気になって水槽を側面から覗いてみた。 
 するとそこには我が目を疑いたくなるような光景があった。水槽の下の方で、一匹のグッピーが沈んでくるエサをかじると「ペッ」と吐き出し、それをまた別のグッピーがかじって「ペッ」と吐き出す。その繰り返しで、一粒のエサを複数のグッピーが共有して食べていたのだ。まるで茶道の「思相(おもやい)」のようだった。思相とは、客が多い場合に亭主(茶を点てる人)の複数の客に出す苦労を考えて、「思相で頂きます」と申し出て、一つの碗に入った抹茶を複数の客が回し飲みすることだ。そこには数少ない物を皆で分かち合うという思想が入っているらしい。僕は思わず、「グッピーがおもやいしてる!」と叫んだ。
彼らの行動を見て思い出したが、この春、僕は東京大学の「ROCKETプロジェクト」で京都へ行き、本格的な茶道を体験した時、旅のメンバーの間で「思相」をした。その時他のメンバーは前の人と同じ飲み口から飲んでいたが、僕は作法のことよりも衛生面を考えて、誰も見ていないことを確認して碗の飲み口をずらしてから飲んだのだ。ちなみに、家ではたまにお茶を点てるので、「思相」の作法も聞いていたので役に立った。
 実際グッピーが「思相」を意識してこの行為を繰り返しているのか、僕にはグッピーの一挙一動が分かっても、その真意までは分からない。ただ僕から見てそれが「思相」のように見えているのがどこかほほえましい。
だが、よくよく見ると、どこで道を踏み外したのか、「思相」とはかけ離れた行為をしているグッピー達もいた。小さなグッピー(以後略して「コッピー」が、自分より大きなサイズのエサをくわえて必死になって運んでいた。するとそこへものすごい速さで大きなグッピーが泳いできて、コッピーのエサを引ったくってどこかへ持ち去ってしまった。あわれなコッピーは突然の出来事が理解できずまごまごしていた。他にも、あるグッピーがくわえようとしたエサを横から泳いできて持ち去ってしまったり、一匹のコッピーがエサを食べているところへ別の二匹のコッピーが寄ってきて、二匹でエサを引っ張って持ち去ってしまう光景も見られた。彼らには共有する気持ちのカケラもないらしい。
 だが、茶道には「思相」以外にも思いやりの思想が入っている。茶室の入り口である「にじり口」はとても狭く、頭を深く下げないと茶室に入ることができない。なぜ侘び茶を完成させた千利休はこんなに狭い入り口を作ったのか、その意味には諸説あるが、一番有力なのが『百姓、商人、役人、将軍、殿様、身分は違っても同じ高さに頭を下げて入ることにより、茶室では身分は関係なく、皆平等になる』という考えが入っているのだという。封建時代、劣悪な身分制度がまかり通る時代、彼の侘び茶の作法はかなりの衝撃を与えただろう。僕は茶の作法を盾に独裁に抵抗した一人の茶人に思いを馳せた。
ちなみに、この情報は、僕が京都に実習旅行に行く際に、あったら役に立つだろうと思って下調べをしておいたのだ。
 グッピー達の世界には、さすがににじり口のようなものは無いが、上下関係やカーストを持たない彼らにはどっちみち必要が無いだろう。しかし、時には分かち合い、時には奪い合う。彼らを見ていると、紛争を繰り返す国もあれば、同盟を組んでまるで同じ人種同士であるかのように接し合う国もある、この星の縮図を見ているような、何だかそんな気分になった。

 

エサやればグッピーおもやい秋深し


小林凜 (左)。右はひとつ年下の濱口瑛士くん (著作『黒板に描けなかった夢』)。同じく不登校に悩みながら、芸術活動を続ける仲間として交流している。
小林凜 (左)。右はひとつ年下の濱口瑛士くん (著作『黒板に描けなかった夢』)。同じく不登校に悩みながら、芸術活動を続ける仲間として交流している。

小林凜 (こばやし・りん)

本名・凜太郎。2001年、5月大阪生まれ。中学3年生になった今も不登校の日々が続く。小学校入学前から句作を始め、9歳の時に朝日俳壇に「紅葉で神が染めたる天地かな」で初投句初入選。

2013年に『ランドセル俳人の五・七・五 ~いじめられ行きたし行けぬ春の雨』、翌年『冬の薔薇立ち向かうこと恐れずに』(ともに小社)を出版し、話題を集める。好きな俳人は小林一茶。母と祖母と犬と暮らす。