第29回 「モンスター」と呼べば済む社会

不登校日記
 僕は朝日新聞の「天声人語」を写すことを日課にしている。その中で興味深い言葉に出会った。それは、「同調圧力」という言葉だった。
気になって調べてみると、この様に出てきた。
「少数意見を有する者に対して、物理的に危害を加える旨を通告するような明確な脅迫から、多数意見に逆らうことに恥の意識を持たせる、ネガティブ・キャンペーンを行って小数意見者が一部の変わり者であると印象操作する、『一部の足並みの乱れが全体に迷惑をかける』と主張する、少数意見のデメリットを必要以上に誇張する、同調圧力をかけた集団から社会的排除を行う、などである」(引用・Wikipedia)
 すなわち、組織の中で他者がみんなやっているから自分もやらなくてはならないという、いわゆる組織的マインドコントロールである。僕は同調圧力によって中学校生活を失ったと言える。

 それは僕が中学一年生の時、相手の聞き違いでクラスの女子リーダーと諍いを起こしたのがきっかけだった。明らかに相手方が先に暴言を吐いてきたのに、男子も女子も、クラスでの権力者に同調し僕を責め始めた。それどころか、担任や学年主任までもが、僕を責め始め、女子リーダーの支持者である生徒が証人として僕の罪を主張した。すると、学年主任達は「それは凜太郎が悪い」と完全に決めつけてしまい、もう僕のどんな言い分も聞き入れようとはしなかった。
 結果、僕はあの手この手で謝罪を要求され、外も暗い七時を回るまで親にも連絡できず、味方のいない保健室で責め上げられた。地元に住んでいる知り合いのおじさんは、「小学校から共に育ってきた生徒達が、校区外から来ている“よそ者”である凜君に味方してくれるはずがない」と言っていた。まさしく同調圧力である。
 後日、女子リーダーとは和解し、それから特に関わり合う事も無かったが、その日から学校での僕の立場が大きく変わった。これまで友達だった生徒は無視という名の陰険な精神的攻撃を始め、何よりも悔しかったのは昼食の時間だった。
 当時の一年生の担任が決めた給食の時のルールがあった。それは、最低二人以上で班を作って食べなければならない。一つでも班ができていない、あるいは一人で食べようとしている生徒がいれば全員昼食を食べられない、というルールだった。担任に何か目的があるのだろうが、それがクラスに特異な空気を醸し出している事は確かだった。七時を回るまで残されたあの事件以来、誰も僕を自分達の班に誘わなくなり、僕を無視し、同調圧力が露わになった。
 班に入れてもらえずにいると、クラスでも気が強い女子が来て、「とっとと班作れや!お前のせいでみんなが食べられへんのじゃよぉ!」と怒鳴った。明らかに学校にあるまじき口調だが、担任はもちろん、誰も何も言わなかった。こんなことが何日も何日も続いた。僕は昼食の時間が恐怖にも感じ、四時間目の頃には僕の脳内はほぼ恐怖に支配され、授業どころではなかった。
 そんな時、他の女子が担任と一緒に二人で弁当を食べているのを目にし、担任に「先生と一緒に食べても良いですか?」と申し出た。すると担任は、「ダメです」と冷たく突き返した。「お願いします」「ダメです」「お願いします」「ダメです」。そうプログラムされた機械のように繰り返し続けた。
僕は「前にクラスメートがして許されていた事と同じ事を僕がして何が悪い?」そう言いたかった。担任も僕を排除する同調圧力に参加しているのだ。その時の悔しさは二年経った今も忘れられない。体に受けた傷は時が経てば癒えるが、精神に受けた傷は生涯残り続けるのだ。

 元はと言えば、あそこまで大問題にしておきながら、七時まで残された事件の和解という結末をクラスメートに説明しなかった担任、教師達の“トラブル後の指導”がなかったからではないか。こんな負の連鎖はもう終わらせたかった。終わりにしたかった。
 僕はこの終わらない馬鹿げた制裁を終わらせるべく、いじめを受けていることも学年主任に相談した。だが、相談した僕がバカだった。主任は殆どのいじめを認めず「彼はそんなことするはずが無い。勉強もできるし」と勉強の成績を持ち出した。この言葉は、様々な面で彼とは正反対の僕を、黙らせる屈辱的パンチだった。
 親と管理職を交えた話し合いで、主任は「そんなことは言っていない」と否定した。中には、学年主任が直接目にしたいじめもあったが、「いじめではなく仲良く肩を組んで歩いていた」とその一件自体を無かったことにしようとした。一度「文部科学省・いじめの定義」で検索してみればいい。「対象になった子が心身の苦痛を感じているもの」と規定されているではないか。ただ見ていただけの教師にいじめの可能性を否定する権利があるのか。同調圧力は決して勝手に湧き出てなんかいない。作り出すのも、生徒にそれを与えるのも教師なのだ。

 その後、僕は不登校を選択したが、学校からの連絡は事務的な電話のみ職場の母に掛けられてきた。母は、「おそらく職員室では、私たちのことをモンスターペアレントとして処理しているのでしょう」と言っていた。    
 僕は悔しかった。モンスターペアレントとは、学校に自己中心的な横暴かつ身勝手な要求をする親のことを指す言葉だが、Wikipediaで調べると、「要求を繰り返すことがあっても、当該の要求が常識の範囲内にあり、かつしかるべき理由を明示してくる場合はモンスターペアレントとは呼称されない。とはいえ、保護者が正当な要求をしても、学校や教員が保護者をモンスターペアレントとして敵対視することがある」「保護者をモンスターにしているのは、モンスターという言葉を使っているマスコミや教育現場であると言う。『モンスター=人間ではない』ことで、保護者との関わりを拒否していると言う」とある。
 学校は、正当な要求をしている親をも「モンスター」と呼び、いじめを隠蔽して無かったことにする「同調圧力」の根城である。こんな学校で、何人、僕と同年代の子どもがいじめにより命を落としただろう。モンスターペアレント…この言葉は元小学校教諭が命名した言葉だそうだが、この言葉が教師の言い訳の道具として使われているのをどう思っているのだろうか。母は僕のことを一番に考え、正しいと思うことを言い通した。僕は、モンスターと思われてもひるまない母を誇りに思っている。
 同調圧力の中で育った生徒は、上位の者の命令や要求に疑念を持たず従うロボットのような人間に育つのだ。皮肉にも、最近のロボットはたとえ主人の命令でもそれを悪と判断すると、それに抗う機能を持っているらしい。どうやら、僕の学校の現状は、ロボット以下の人間を造り出していることになる。

 しかし、二年生の夏休み、希望の光が差し込んできた。その希望の光とは、学校での唯一の理解者、S先生の存在だった(第十六回 水仙の先生)。二年生の一学期半ばから自宅学習にして、学校は何の変化もなく夏休みに入った。その夏休みに突然、S先生は我が家へ来てくださったのだ。
 そして、僕の話を細かく最後まで聞いてくださった。さらに、「本当はもう少し早く来たかったんやけど、他の先生方を差し置いて来るのも気が引けて」とおっしゃった。先生の口振りから、先生が家に来られた事はしばらく黙っておくことにした。
 この時初めて、終わりの見えない同調圧力の連鎖が続く学校の中に、光のあることを知った。僕は、S先生のような、同調圧力に関係なく自分の意志と信念で行動する人間になりたいと思った。ロボット以下の存在なんてまっぴらごめんだ。


小林凜 (左)。右はひとつ年下の濱口瑛士くん (著作『黒板に描けなかった夢』)。同じく不登校に悩みながら、芸術活動を続ける仲間として交流している。
小林凜 (左)。右はひとつ年下の濱口瑛士くん (著作『黒板に描けなかった夢』)。同じく不登校に悩みながら、芸術活動を続ける仲間として交流している。

小林凜 (こばやし・りん)

本名・凜太郎。2001年、5月大阪生まれ。中学3年生になった今も不登校の日々が続く。小学校入学前から句作を始め、9歳の時に朝日俳壇に「紅葉で神が染めたる天地かな」で初投句初入選。

2013年に『ランドセル俳人の五・七・五 ~いじめられ行きたし行けぬ春の雨』、翌年『冬の薔薇立ち向かうこと恐れずに』(ともに小社)を出版し、話題を集める。好きな俳人は小林一茶。母と祖母と犬と暮らす。