第二回 「許さへん! 老人ホームは魚屋か!?」

ばあちゃん、介護施設を間違えたら、もっとボケるで。

尼崎で在宅医療に従事する長尾和宏医師と、そのお隣の町・西宮で介護者をあったかく支える「つどい場さくらちゃん」の丸ちゃんこと、丸尾多重子さん。

超高齢化社会、多死社会に向かっていく私達。このお二人の名前を、知っておいて損はありません。今朝も新聞は、我が国の医療費についてのグラフを並べ、政党支持率との関係性を説き、その下には「長生きしたけりゃ○○を食べろ!」、みたいな雑誌の広告。昼のテレビのワイドショーでは、「介護疲れか? 65歳の息子が87歳の母を死なす。なぜもっと早くにSOSを出さなかったのか?」と伝えて、その数秒後に生命保険会社のCMに画面が切り替わる。「医療」と「介護」って、こういうふうにしか、メディアは語れないのかな? なんとなく誰もが、ざわっとした気分で、新聞やテレビを眺めている。ほかにもっと、何か語るべきことがあるんじゃないだろうか? と。

そんな、ざわっとした気分が浮遊する日本の「医療」と「介護」の(関西発)希望の星ともいえるのが、この二人です。「医療」も「介護」も、パソコンの画面でデータを覗き込んでいるだけじゃ、何も変わらない。生きること。食べること。家族のこと。毎日元気で笑っていられるかどうか。そこに愛は存在しているかどうか…それこそが、基本。そんな当たり前のことを、当たり前に語られなくなったこの時代って、どこかおかしいよね?そんな疑問から、お二人に対談をお願いしました。

「医療」と「介護」の狭間でいま何が起きているのか? 私達は、親の将来のため、自分の将来のために何を考えて、準備をしておかなければならないのか? 新聞でもテレビでも絶対に出せない!(だってスポンサーに怒られますから…) 毒も薬も盛り込んでお送りする全世代必読の、医療×介護の、超人間くさい対談です。

喋り声が聞こえない、無表情な特養の入居者たち

長尾 つまり丸ちゃんは、10年間でお母ちゃん、お兄ちゃん、お父ちゃんと、立て続けに肉親を三人も介護して、あの世に見送って、うら若き乙女の青春の時代は謳歌することなく終わったんか。
丸尾 いや、乙女でも青春時代でもないけどな、15年間東京で働いた後やったから、もうちょっと大人になってた。これが青春時代なら、とっくに逃げていた。大人だったから、自分が10年やってきた介護というものに対して、後悔やら無念やらがフツフツと湧き上がってきた。
長尾 ふつうはもうウンザリするんじゃないの?
丸尾 父の死後、半年くらいは、なーんにも記憶がない。どうやって生きていたのか、何をしていたのか…何も思い出せない。思い出せるのは、あるときふと目に留まった新聞に載っていた「ヘルパー1級の取得講座」の案内。今思えば、後悔と無念だらけの自分の介護経験をちゃんと振り返りたいという気持ちからだったと思う。
長尾 どんな研修受けたの?
丸尾 それが、研修内容あんまり覚えてない。他を忘れてしまうくらい、衝撃な出来事があってね。
長尾 丸ちゃんが衝撃受けるってどんなこと?
丸尾 あるとき、特養(特別養護老人ホーム)に実習に行ったんです。そうしたらね、えっらい静かでね。何十人も高齢者がいる施設なのに、誰もお喋りしていない。シーンとしている。
長尾 表情は?
丸尾 ほとんどの人が無表情。喋りもせず、表情もなく、それに9割以上の人が、車椅子で生活していた。いや、もとい、あれは生活やないな。
長尾 そうだねえ。生活の営みなど、どこにもないね。
丸尾 車椅子で、ぼーっとしていた。
長尾 それはね、薬でそうさせているんですよ、施設の人がね。入居者に必要以上にお薬飲ませて、ボーっとさせて、介護の煩わしさを軽減させている。歩いて施設に入居したのに、たった数週間で家族の顔もわからなくなる。
丸尾 おかしいやろ?
長尾 おかしいよ。でも、そんな特養いっぱいあるよ。薬飲ませてな、ボーっとさせることを、そこで働いている多くの人は、悪いともなんとも思ってない。罪の意識、ゼロや。
丸尾 罪の意識がゼロでやってるっちゅうのが、さらに罪深いやん! 長尾ちゃん、そんな現場をぎょうさん見てるんでしょ? なんで怒らへんの?
長尾 いや、もちろん怒ってるよ。だけどその施設の人たちも、上層部から「薬飲ませておとなしくさせろ」って言われてやってる。ファミレスと一緒や。全部、上からの指示やから。現場で言っても仕方ないから、こうして丸尾さんと対談しようってことにした。活字にして、みなさんに知らせるしか手立てがないから。
丸尾 9割の人が車椅子やで。
長尾 だってそのほうが、施設の人が移動させやすいやんか、仕事の効率がええやろ。本当は普通に歩けるおじいちゃんやおばあちゃんまで、薬飲ませて、車椅子に縛り付ける。
丸尾 そうやねん。お金払ってるのは、お年寄りのほう。お客様よ。囚人じゃないのに、お客様なのに囚人よりひどい扱いされている人がいっぱいいる。   
長尾 そう、人の尊厳の中には、「移動の自由」というものがあると僕はいつも言っている。特養に入った人の多くは、「移動の自由」、つまり人間の尊厳の大切な要素を奪われる。お金払って、鍵のかかった場所に閉じ込められて、歩くことさえままならない人も多いわけだから。

恐怖に泣き叫ぶおばあちゃんの入浴介助の実態

丸尾 私がもっとショックだったのは、その実習の最終日に経験した、入浴介助。
長尾 認知症の人の入浴介助やね。おばあちゃん?
丸尾 そう、おばあちゃんだった。おばあちゃんがストレッチャーに縛り付けられて、お風呂まで連れて来られた。ぎゃあぎゃあ泣き叫ぶおばあちゃんの服を無理やり脱がせて、おばあちゃんは顏をひきつらせて……。
長尾 これから自分がお風呂に入るということがわかっていなければ、その状況は彼女にとって、とても恐ろしいはず。怖いやろな。認知症といえども、ゆっくり説明すれば、なんぼでも彼女だって気持ちが解放されるだろうに。本来、お風呂の気持ち良さは、認知症だからって変わらへんのに。
丸尾 そう。それでもっと酷いのは、入浴係の人よ。ビニールの長靴履いて、前掛け姿。片手にホースを持ってな、無理やり服を脱がせたおばあちゃんに、そのホースでジャーっとお湯をかけた。もうジャーッと。
長尾 ……。
丸尾 魚屋かと。死んだ魚に水をかけてるのかと。今でも思い出すたびに、怒りで手が震えるわ。
長尾 そのヘルパーの研修のときの怒りがモチベーションになって、丸ちゃんは<つどい場さくらちゃん>を開いたんやね。
丸尾 そうです。これは、おかしい。何かせなあかん! 今思えば、ビジョンよりも先に、怒りがあった。自分で何かできることはないかとね。それにね、特養に入っている多くの高齢者が、異口同音にこう言い張った。「すんません。長く生き過ぎました。もう生きたくありません」て。そんなこと言わせる世の中、おかしいやろ?
長尾 おかしいね。せっかくの高度医療の恩恵も受けて、これだけの長寿社会に日本がなったというのに、長寿イコール幸せという図式は、とっくの昔に崩れてしまった。

町からじいちゃん、ばあちゃんが消えた理由……
介護保険制度が導入されたから?

丸尾 もう一つ、私が<つどい場さくらちゃん>を立ち上げるきっかけになったのが、日本に介護保険制度ができたことかな。
長尾 介護保険制度は、2000年4月から実施されたから……丸ちゃんは、ちょうど父親の介護の真っ最中か。
丸尾 そう。父親の介護3年目くらいだった。長尾ちゃんは、介護保険制度ができて、医療において何が変わったと思う?
長尾 介護保険制度で何が変わったって、それは至って簡単な話です。それまで、家族の中で行っていた「介護」が「ビジネス」になったということやね。
丸尾 その通りや。介護が、ゼニになった。
長尾 それまでは、善意でお世話していたのが、ビジネスになって、介護が二分化された。今、行政用語で「フォーマルなサービス」「インフォーマルなサービス」という言われ方をするんですね。
丸尾 そんなカタカナ、ようわからん。
長尾 フォーマルというのは制度にのったサービス――行政では、介護を「サービス」と呼ぶんですね。でも今、「インフォーマルなサービス」と言われているほうが、本来の介護の姿だと思うよ。そもそも昔はインフォーマルなサービスしかなかった。それなのに、インフォーマルって英語、違和感だらけや。
丸尾 そんな分け方がそもそもおかしいよ。
長尾 だけど、介護保険制度が施行されて、介護の世界は完全に二分化された。金儲けのための介護と、本人のための介護。それを分かっていて、介護の世界で働いている人はまだ、いい。だけど、分からずにやっている人があまりにも多い、というのが現時点での僕の感想だけど。
丸尾 分からずにやっているというのは、具体的にどういう人のことを言ってるの?
長尾 そら、営利企業の人たちですよ。企業は当然、売り上げを一円でも多く出すのが使命だから。そこに介護保険制度で国がバックアップして、税金がなんぼでも投入されるから、たとえば、要介護5の人をたくさん呼び込んで、老人アパートに詰め込むだけ詰め込んだほうが……。
丸尾 養鶏場と一緒やん。同じ面積なら、たくさん鶏を飼っておいたほうが、たくさん卵を生むから儲かる。
長尾 魚屋の次はニワトリか。丸ちゃん、喩えが過激すぎやで。
丸尾 いや、ニワトリのほうが好きな時間にごはん食べてるよ。ごはんさえ、決まった時間にスプーンで押し込まれるのが施設の生活やからね。
長尾 さっきも言ったけど、ビジネスやから、効率重視。最も重度の要介護5なら、月に35万円程度の介護保険が国から税金で支給される。
丸尾 そう。そんなら、一部屋に五人置いておけば、175万円。10人置いておけば、350万円。ビジネスならば、当然詰め込むよ。
長尾 そんなボロい商売、他にないからな。
丸尾 だからってわけじゃないけど、町からお年寄りが消えたと思わへん? 超高齢化社会のはずなのに、デパートにもレストランにも、あんまりお年寄りがいない。
長尾 多くの後期高齢者が、病院か、施設にいる。
丸尾 昔なら、ボケたって、家の縁側に座って猫の世話したり、孫の話し相手をしとった人たちがね、介護保険ビジネスで、どんどん町から消えている。
長尾 ついでに子どもも、家に帰っても面倒みる人がおらんから、親が仕事から帰るまでそれはそれで施設に預けられとるもんな。
丸尾 おかしいやん。それで何がいい子育て? 結局、年寄りを押しこめれば、家庭環境全体が、おかしくなる。日本がおかしくなる。
長尾 確かにその通りやね。ところで、そうしたビジネスに比べて丸ちゃんの<つどい場さくらちゃん>は、どんな料金設定なの?
丸尾 うちはNPO法人。利用料1回500円。昼食代も500円。
長尾 あれだけぎょうさんオカズがついて、炊き立てのごはんもお替わり自由で、500円か。安いなあ。金儲けのセンス、ゼロやね、丸ちゃんは(笑)。そもそも、<つどい場>を立ち上げるときに資金は?
丸尾 オール借金。
長尾 ほんま?
丸尾 借りまくったよ。私、今でも多重債務者。借金だらけです。
長尾 あははは。だから、丸ちゃんの名前は、「多重子」って言うんや。親にネーミングの先見の明があったってことや。あははははは。
丸尾 悪かったな!
長尾 悪くないよ、ええんよ、丸ちゃんは、金儲けとは無縁の世界で、介護者たちの憩いの場、そして介護されている本人たちだって、施設の何倍も旨い飯が食える、<つどい場さくらちゃん>を存続させてるんやから。善人すぎて言葉が出ない。
丸尾 金儲けしてない分、私は言いたいことが言える。それは長尾ちゃんだって、同じじゃないの?
長尾 そうです。「長尾君、在宅医療って儲かるんやろ?」なんてたまに医者仲間に言われると、ガッカリするな。そんな目で見られてるのかと。24時間体制、電話が鳴れば、何時だって対応して、あなた、こんなもんですよ、と言いたい。そもそも医療機関なんて、非営利なんだから。「平穏死」で金儲けができていたら、恥ずかしくて、平穏死の本なんてよう書きませんよ。僕、残念ながらそこまでワルじゃないんです。
丸尾 だから言いたいこと言ってるんや。
長尾 そう。悪い奴は口をつぐむのがこの世の中。もしくは匿名でしかものを言わない。
話が脱線したな。つまり、介護保険下のサービスと宅老所のような場所が完全に分断された。これって実はね、「在宅ホスピス」と「施設ホスピス」の関係とちょっと似てるんです。制度にのっかったもんが正規(フォーマル)で、丸ちゃんとこのNPOとかは非正規(インフォーマル)。
丸尾 つまり行政から見れば、私が邪道や。
長尾 本当は、逆。丸ちゃんがやってることのほうが、本当の福祉。王道なのにな。だけど残念ながら、そうした介護保険の仕組みについて知っている市民が、ほとんどいないと思う。
丸尾 いろんなことがそうなっちゃった。これは介護の問題だけやないね。日本人には、徹底した個人主義という考え方もないから。
長尾 そう。だから、リビング・ウィル(終末期をどう迎えたいかの、生前の遺書)も浸透しないんです。
丸尾 分からない事、目を背けたい現実は、とにかく「お任せ」にしておきたい。自分で考えたくない、という、言ってみれば「日本人のお任せ体質」が、介護保険でよけいに助長されたような気がする。
長尾 介護保険そのものが悪ではない。僕はそう言いたいわけではない。そもそも、介護を社会化しようという発想で生まれたわけだから。
丸尾 わかるよ。介護の社会化というのは、大切な考え方。だけど、いつしかそれが、介護保険を使って、介護を施設なり企業なりに「お任せ」することが社会化だという発想になってしまった。
長尾 そうなんです。本来は地域で看るために介護保険制度ができたのに、実際は施設に
預けるということが加速された。これは、ものすごく大きな矛盾です。だけど、そ   
の矛盾に気づいている人もいる。
丸尾 そういう残党みたいな人が、いい介護を全国で広めていく可能性はまだ残ってるのと違うかな。
長尾 そうそう。その残党みたいな人と、在宅医が手を組めばな、いい介護はできる。そこに人としての喜びもある。
丸尾 そうそう、喜びが大事なんや。「介護が喜びになりました」って、<つどい場さくらちゃん>に来てくれた介護者さんたちが言ってくれるのが、私にとっても喜び。
長尾 それは、フォーマルにはなかなか難しいことだと思う。インフォーマルだからできる。<つどい場さくらちゃん>にはね、いつ伺っても、喜びと、美味しいものが溢れてる。それがいい。
丸尾 借金も溢れてるけどな(笑)

吾亦紅

甲斐路


第二回 了