第三回 「ボケたじいさんが暴れるのには、理由がある!」

ばあちゃん、介護施設を間違えたら、もっとボケるで。

尼崎で在宅医療に従事する長尾和宏医師と、そのお隣の町・西宮で介護者をあったかく支える「つどい場さくらちゃん」の丸ちゃんこと、丸尾多重子さん。

超高齢化社会、多死社会に向かっていく私達。このお二人の名前を、知っておいて損はありません。今朝も新聞は、我が国の医療費についてのグラフを並べ、政党支持率との関係性を説き、その下には「長生きしたけりゃ○○を食べろ!」、みたいな雑誌の広告。昼のテレビのワイドショーでは、「介護疲れか? 65歳の息子が87歳の母を死なす。なぜもっと早くにSOSを出さなかったのか?」と伝えて、その数秒後に生命保険会社のCMに画面が切り替わる。「医療」と「介護」って、こういうふうにしか、メディアは語れないのかな? なんとなく誰もが、ざわっとした気分で、新聞やテレビを眺めている。ほかにもっと、何か語るべきことがあるんじゃないだろうか? と。

そんな、ざわっとした気分が浮遊する日本の「医療」と「介護」の(関西発)希望の星ともいえるのが、この二人です。「医療」も「介護」も、パソコンの画面でデータを覗き込んでいるだけじゃ、何も変わらない。生きること。食べること。家族のこと。毎日元気で笑っていられるかどうか。そこに愛は存在しているかどうか…それこそが、基本。そんな当たり前のことを、当たり前に語られなくなったこの時代って、どこかおかしいよね?そんな疑問から、お二人に対談をお願いしました。

「医療」と「介護」の狭間でいま何が起きているのか? 私達は、親の将来のため、自分の将来のために何を考えて、準備をしておかなければならないのか? 新聞でもテレビでも絶対に出せない!(だってスポンサーに怒られますから…) 毒も薬も盛り込んでお送りする全世代必読の、医療×介護の、超人間くさい対談です。

介護を金に換えなければ……そこに喜びが残るんよ

長尾 前回は、介護保険制度の導入によって、「介護」が「ビジネス」になったということを僕は言いました。もっと厳しい言い方もできます。「介護」が、「ビジネス」になり、「収容所」化したんです。僕から言わせれば、介護保険が導入される前から、こうなることは、目に見えていた。ビジネスなんだから効率主義になる。一人でも多く詰め込んだ施設のほうが、儲かるのは当たり前やから。
丸尾 確かにな。でも、こうなることが分かってはった人って、少なかったんやないんかな。核家族化、共働き社会、高齢化に伴って、家族だけで介護をするのに限界がやってきた。介護保険制度は、ある意味、国民の誰もが待ちに待った制度でもあった。制度自体が100%悪いなんてことはない。その活用の仕方が問題やん。
長尾 それとともに、「ばあちゃんボケたから、はい、施設に入れにゃあかん」と、何も家族で話し合うこともなく、年寄りはボケたら施設に入れるもんや、それが当たり前、という発想しかない人も増えてきてしまったのが、悲しいことやね。
丸尾 そう。だから、「ちょっと待った! いったんは家族で介護してみるっていう選択肢もあるよ、決してあなたは孤独じゃないよ、そのために地域があるよ、探せばこういう方法もあるよ」と私は言い続けたい。なにも、≪さくらちゃん≫だけやない。介護ビジネスにいい意味で取り残された、残党みたいな人が全国各地におる。つどい場の活動も広がっている。そういう場所を探してみてほしい。
長尾 そうそう、全国どこでも探してみれば、「介護のビジネス化」から取り残された、いい残党がおる。その残党が結構すごい力を持ってんのや。ええ介護をしてるから。
丸尾 残りもん集めたら、複雑な味になる。鍋だって味噌汁だって旨くなるやん。
長尾 残党はね、介護の喜びも知っているんです。介護でも医療でも、全身でかかわった人間にはね、他の職業では味わえないような喜びが伴うと思うんですよ。
僕ね、最近、取材とか受けてるとこう訊かれることがあるんです。「在宅医として、毎日お看取りしていて悲しかったり、辛くないですか? なんでこんな大変な仕事を選んだんですか?」ってね。そりゃ、毎日大変だし、悲しいし、辛いこともありますよ。だけど、それを越えた喜びが、この仕事には必ず待っている。それが、「介護のビジネス化」に巻き込まれなかった残党が持っている力かもしれへん。
丸尾 長尾ちゃん、今、ものすごくいいこと言ったな。
長尾 なんやそれ。普段からいつもいいことばっかり言ってるよ。
丸尾 介護にはね、ちゃんと喜びがあるんですよ。
長尾 だけど、介護って今、ドロドロと暗いイメージしかついてないんちゃうかなあ。本当はそんなんじゃないよねえ。人間ね、ボケていくとむっちゃ素直になっていくんです。嘘や虚勢や、取り繕いをしなくなる。心が裸になって、人間の本質を見せてくれる。だから、介護とは何か? を考えることは、実は、人間とは何か? を考えることでもある。だから、「学ぶ喜び」もあれば、「その人の本質に出会える喜び」もある。ああお母ちゃんて、こういう人やったんや、こんな物語を持っていたんやって。介護の時間はな、あらためて、家族を想う時間でもある。
丸尾 世の中では、認知症もそうだけどみんなマイナスのイメージじゃないですか。つらい、暗い、安い、汚い、先が見えない。そういうマイナスのイメージでばっかり、みんな高齢者を見ているから、「ばあちゃん、ボケてしもうた! はい、介護施設を探そう!」という行動になる。

≪つどい場さくらちゃん≫の伝説 杖振りじいさん

長尾 ≪つどい場さくらちゃん≫に来た介護者は、ここで喜びを知ることができるんや。ほら、たとえば、月2回≪さくらちゃん≫に来られる、杖振りじいさんおるやん?
丸尾 おるおる! 昨日も元気に、ごはんを三杯食べて帰ったよ。旨い、旨いって言うてくれてな。いつも、お嫁さんが杖振りじいさんを≪さくらちゃん≫に連れてくる。
長尾 杖振りじいさんは、僕が丸ちゃんに紹介したんやね。
丸尾 そうそう。長尾ちゃんが、ある有料老人ホームから見つけてきた。
長尾 僕ね、在宅といってもご自宅だけでなく、いくつか老人ホームからも往診を頼まれているんです。杖振りじいさんは、とある有料老人ホームから診療を頼まれたんや。
丸尾 “ユウリョウ老人ホーム”ってな、二種類あるねん。「有料」と「優良」とね。「有料」はぎょうさんあるけど、「優良」老人ホームはほとんどないね。
長尾 だけど、杖振りじいさんが入っているところは、結構「優良」な老人ホームです。
丸尾 ええっ? そうか!?(丸ちゃん、舌を出す)
長尾 そのホームの職員に相談されたんです。「困ったじいさんがおるんやけど、どうすればいいですか」って。「いつも杖を振り回していて、暴れるんです。危なくて近寄れないんです。長尾先生、助けてください」ってね。
丸尾 そうかそうか、暴れるじいさんを、薬でおとなしくさせようとせずに、長尾ちゃんに相談したんなら、まあ、「優良」老人ホームやね。
長尾 それで、僕が診察に行ったら、確かに杖振り回してウワーッて大暴れしとるわけ。でな、そのじいさんの半径5メートルぐらい人がおらへん。隔離されてるわけやないけど、人口密度ゼロ。じいさんがいつ暴れるかわからないっていうんで、誰も近づかへんの。怖がって。部屋もその人だけドアを閉じられて職員の出入りがないわけ。職員も怖いから、よう部屋の中、入れへん。
丸尾 個室のホームだったわけか。鍵のかかった部屋に閉じ込められて、じいさんが中でどんな気持ちでいるのかも、誰もわかろうとしてないんじゃないかな。
長尾 基本的に有料老人ホームはね、いま、ワンルームマンションタイプが多い。で、夜なんかは、外から鍵をかけて、どんなに暴れても、出さへん。
丸尾 アホみたいやろ。高い金かけて、有料老人ホーム行って、ワンルーム閉じ込められて、外から鍵をかけられる……。
長尾 それで、職員さんが僕に、「これ以上、あのじいさんに暴れられたら、もう、ウチでは介護できません。もっと重度の認知症の人を集めた、精神病院系列の施設に移す予定です」って泣きそうな顔で言う。
丸尾 とんでもないな。姥捨て山のさらに姥捨て山へと連れてくんやな。

「杖振りじいさん」が杖を振り回していたのには理由がある

長尾 そう。施設といっても、認知症の軽度な人と、重度の人と、段階を分けて施設を作っているところもたくさんある。でもこれは、ある程度仕方がない。なんでかいうたら、ほかの入居者にちょっと危害を与えた時点でえらいことになる。訴訟問題や。
丸尾 今までほっておいた家族があらわれて、「杖振りじいさんが、うちのおばあちゃんをこづいた! どうしてくれるの!」って騒ぎ出すんかな。
長尾 だから、集団生活でリスクのある人は、隔離収容所的なホームに移される。だけどね、僕が診察させてもらったら、普通のおじいちゃんだったんだよ。いろんな話をしたら、普通に喋るわけや。会話できる。だから、この人を隔離収容所的なホームに入れるのは、ちょっと違うんやないかと思って、ご家族に≪つどい場さくらちゃん≫を紹介した。幸いなことに、ご家族に理解があったから。
丸尾 そうそう、それで、お嫁さんがじいさんを連れてやってきた。ここに来れば、何も危ないことはない。矍鑠とした、昔気質のじいさんや。
長尾 こんな言い方したらまた、怒られるかもしれへんけど、認知症の人はな、素直になる分、動物的にもなるわけ。たとえば、犬は変な人には噛みつくけど、そうやない人には噛みつかない。それと似ている部分がある。
丸尾 そうそう。ちゃんと人を見ているわけ。その人が、自分に対してどういう気持ちで接しているのか、認知症になったってわかるのよ。
長尾 だから、僕も丸ちゃんも、一度もそのじいさんに、杖振り回されたことないんや。
それで今も、有料老人ホームから、お嫁さんが≪さくらちゃん≫に連れてきている。老人ホームに在籍してはいるけど、≪さくらちゃん≫に来ることで、リラックスして、精神バランスが保てている。前よりも暴れることが、ぐんと減りました。
丸尾 最初、長尾ちゃんから「ちょっと危険なじいさんかもしれん」と言われて、覚悟してたけど、ここに来れば「どこが危険なの?」っていうくらい穏やかよ。ごはんを出すと、「ありがとな、ありがとな」って、何でもおいしそうに食べてはる。いっつも、ご機嫌。それでな、長尾ちゃん、なんであの人、杖を振り回していたか理由がわかったんよ!
長尾 え、理由があったんだ?
丸尾 あの人な、会社にいた頃、労働組合の委員長してはったんです。労組の組合活動の中では、ものすごく有名な人だったんですって。当時な、組合の先陣を切って、「こら、社長出てこい!」って旗振り回してやっていたらしいわ。たまたま、ここに来られたボランティアのおっちゃんがな、現役バリバリ時代の杖振りじいさんのことを知っていて、過去が判明したんよ。「ああ、この方、昔、○○って会社にいて、すごく有名な委員長でした」って。
長尾 そうか、なるほど。じいさんには、その頃の記憶が鮮明にあるんやな。つまり、労組の旗の代わりに、杖を振り回しているんや!
丸尾 そうそう、誰かに暴力を振ろうとしているんじゃない。当時の頃を思い出している。
長尾 そう、みんな理由がある。ただ杖を振り回しているんじゃなくて、本人は意志があって、何かやってるんや。
丸尾 だから、じいさんにとっては、今、自分が介護を受けている理不尽な想いと、昔の職場に対する理不尽な気持ちが重なったんやないかな。
長尾 つまり、たった一人のストライキだったんだ……。
そういうふうにな、認知症の人の行動には、すべて意味があると僕は思っている。それをみんな、暴力行為だとか問題行動だとか、言い張る。医学用語で「周辺症状」というんやけど、本当は、みんな理由があんのや。
丸尾 そうそう、そんな話をしてたら、そのお嫁さんも、嬉しそうやった。介護しながら、家族の物語を認識してあげることも、喜びの一つやと思う。

ボケても、プライドは持ち続けている。そのプライドを傷つけたらあかん

長尾 男の人は、認知症になってボケボケになっても、ずっと頭の中では、仕事してはるんですよ。
丸尾 女の人だってそうです。昔に戻って、台所仕事をしたり、針仕事をしたりしている。
長尾 でも、男の人のほうがプライドは高いんちゃうかな。杖振りじいさんも、心はまだ現役なんです。在宅をやってるとそう感じます。寝たきりで赤ちゃんみたいになったおじいちゃんに、僕が介護ベッドの側から「今日、仕事大変やったねえ」と話しかける。すると、「いやあ、最近残業続きで疲れたわ」って答えてくれるんや。「そうか、ボーナスはもらったんか」って訊くと、「いや、今は不景気で厳しいから出えへんのや」と真顔で言わはる。みんな現役で仕事してはる。なんだか、その心意気に、ちょっとこっちも嬉しくなるよ。
丸尾 そうね。確かに男の人のほうがプライドが高いかもしれないな。女の人は、娘時代に戻ることも多いね。結婚時代がすっこ抜けて、娘時代に戻るんよ。「おばあちゃんの旦那さん、どんな人だったの?」と訊いても、「えっ、私はまだお嫁に行ってないんよ」と言い張る人とかね。結婚時代を思い出したくないんやろねえ。ああ良かったわ~、私は年取ってから思い出したくないもんが、お嫁に行った人よりも少なくて済みそうや(笑)。
長尾 ボケると、男と女では、プライドの出方が違うみたいだね。そこをうまく受け止めて、話を合わせてあげる。「じいちゃん、何言ってるんだ! とっくに会社は定年になったやろ!」とか、「ばあちゃん、いくつになったと思ってるんや!」なんて家族は怒ったらダメなんです。
丸尾 上手に話を合わせて、プライドを傷つけない。そうすれば、穏やかな心を取り戻す。
長尾 そう、話を合わせることで穏やかになるんやから、大変なことでもなんでもないと思うけどなあ。
丸尾 だけど長尾ちゃんがこの先ボケたら、えらい大変やろうな。24時間・365日「往診に行くんや」ってずっと徘徊してるんとちゃうの?
長尾 ははは。間違いないな。名物じいさんになるで。
丸尾 今だって、十分、尼崎の名物やん。
長尾 ははは。それもそうや。ほな、次回は徘徊についてお話しましょう。

コスモス

稲穂


第三回 了