【特別対談】 『出版現実論』から20年。
なぜ『断裁処分』を出そうと思ったか。

「出版営業」はかっこいい仕事なんだ!

石橋 僕にとって、まず第一に、藤脇邦夫っていうのは、『出版現実論』1*1『出版現実論』藤脇氏の著作。1997年11月、太田出版刊。1994年に同社から出版した『出版幻想論』の第二弾。編集者の幻想によって、売れない本を作り続け返品の山を築いているという、営業目線の超現実的な出版業界への提言の書。(1997年刊)なんですよ。僕はこれを読んだ時、出版社の営業をやっていたんです。
藤脇 石橋さんが「新文化」2*2 「新文化」 出版業界専門紙。新文化通信社発行。に入られたのはいつ頃ですか?
石橋 1998年です。その前に小さな出版社で2年余り営業をやっていました。ちょうどこの頃に『出版現実論』が出たんですよ。僕にとって、この本の存在はすごく大きかったんです。そういう本は、それまで読んだことがなかった。それまでは、毎日やれと言われた業務をやるのに精一杯で……どうして本って、こんなに売れないんだろうって、営業という仕事がすごく嫌でしたね。だけど、『出版現実論』を読んで僕は、出版営業っていうのは、かっこいい仕事なんだって思ったんです。
藤脇 あの本、グチばかり書いてあるんですけど。
石橋 藤脇さんは、俗にいうエロ本も出している出版社の営業であり、周囲からは蔑まれることもあったはずです。その低い立場から、本は売れなくては意味がない、とかシビアな言葉を連発して、闘争的に出版業界のことを書いている。出版営業という仕事にも哲学や自己表現があるんだということを、『出版現実論』で初めて知ったんです。
藤脇 他の出版社でも、この本を読んで2人くらい営業をやろうと思ったという人がいたと聞きまして。これは意外でしたね。
石橋 ただ、僕はこれを読んだ頃、もうその会社をやめたいと思っていて、実際にやめています。しばらくフラフラした後に、「新文化」に入りました。
今、当時買った『出版現実論』が手元にありますが、三省堂書店のしおりが入っているので、三省堂で、たぶん営業のついでに自分で見つけて買ったのでしょう。それからちょうど20年後に、こういう場を設けていただけるなんて光栄です。
藤脇 私は1978年に大学を卒業したんですが、当時、出版社への就職が一番人気だったんじゃないかな? その頃に出版業界に入るには、アダルト業界しか門戸が開かれていなかったんです。だから、当時の新卒で、アダルト業界が出版業界のスタートになっている人というのは、編集でも営業でも、物書きでも漫画家でも多い。もちろん、普通に入った人もいたけど、そういうのは超エリート。出版業界はものすごい難関でしたね。
私はその入社した出版社で、初めての書店営業職だったんです。その時、そこの社長がよくこう言っていました。「雑誌に書店営業はいらない。取次営業だけでいい。でも、書籍には必要なんだ」と。その社長は異業種からきた人だったけど、それなりに本の営業ということがわかっていたみたいです。その頃は、アラーキーさんの写真集とかを出し始めていたので、これを書店で売るには書店営業が一人は要るなと。そういう担当者を採用しようと思っていた矢先だったらしい。だから、別に自分じゃなくてもよかったわけですよ。
それで何となく入社して、結果的に13年間、ひとりでその版元で書店営業をやっていて、ようやく部下が入ってきたのは……この『出版現実論』を出した1997年頃じゃないかな。誰にもやり方を教えてもらえなくて、ずっと一人でやってたのが、良かったのかどうか。だから人にもやり方が教えられないんですけど。スリップ3*3 スリップ 本に挟まっている長細い伝票のこと。短冊、売上カードともいうとか、最初は出版のシステムがよくわからなかった。今から考えたら大笑いだけど。
石橋  我流ですよね。零細出版社の場合、営業のノウハウって全然継承されてないから。とにかく注文チラシと見本持って回ってこい、みたいなね。どこの本屋に行ったらいいのかもわかんないってところから僕もやっていたんです。だんだんと飲み会に参加させてもらうようになって、知り合いも増えてはいきましたけど、せっかく仲良くなり始めて、飯田橋のある店長さんにようやく可愛がってもらえるようになったところで、営業をしているとき、後ろから「ヨッ」と現れたのが、新潮社の営業の人で、そのまんま僕だけ置いてけぼりにされたりとか。そういう屈辱的な思い出はいっぱいあります。
かと言って、自分が営業している本にたいしてプライドが持てなくて、ひどい本だなと思ってやっていることもあって、とにかく営業という仕事が苦痛になっていた。そういうことが重なった頃に『出版現実論』を読んだから、なおさら衝撃的だったんだと思います。
藤脇 そんなにかっこいいものでもないけどね。
石橋 僕は学生時代、『ロッキング・オン』の読者だったので、藤脇さんと渋谷陽一4*4 渋谷陽一 ロッキング・オンの代表取締役社長であり、編集者。『出版現実論』内で、藤脇氏と対談を行っている。対談のタイトルは「大手が牛耳る出版の55年体制は崩壊する」だった。 さんの対談とかもすごく面白かったです。「ロッキングオン」が、広告営業、取次営業、書店営業、編集もすべて全員でやりますって書いてあって、そういうやり方でもいいんだって思ったりして。勉強にもなったし、ロックスピリットを感じました。
藤脇 渋谷さんも言ってましたよ、我流だったって。直販雑誌から始まったから苦労して、よく途中でやめなかったって自分で言ってた。今はやめても、楽器店とかネットとかあるから違うやり方があるけど、あの頃は書店しかなかったから。
石橋 創刊時のメンバーである橘川幸夫さんが去年11月に上梓された『ロッキング・オンの時代』(晶文社)にも、当時の編集部の様子とか書店回りのことなどが詳しく書かれていて、とても面白いです。

絶望の虚妄なることは、まさに希望と同じこと

石橋 昔話ばかりになっちゃってすみません。それで、本題の『断裁処分』の感想を申し上げます。まず一言、面白かったです。興味深く読みました。業界を跋扈する魑魅魍魎たち、断裁処分という言葉のインパクト、リアリティがあって。たとえば文学賞授賞式パーティーの会場で、出席者が交わしている会話とか。終盤に業界の崩壊を食い止めようとする一つの戦いがあり、さらに最後の最後には、ある書店主が爽やかな風を吹かせてくれる。
藤脇 そうしないと終われなかったから。この小説に登場する会社、人物等は2、3人の実在する人間を混ぜて一つの登場人物を作ったもので、特定のモデルというのはあまりないんですが、このラストシーンに登場する書店での会話は、半分くらいは実話なんです。
あまり思い出したくありませんが、2008、9年頃に、ある翻訳の小説で大失敗をして、2000万くらいの赤字を出してしまいまして。2000万くらいだったら以前なら漫画で返せたんだけど、部署が変わってしまって、その補填も出来ないとなって、じゃあもう会社をやめるかなって思って、カッコつけて辞表を持って歩いてたんです。
そうしたら、新橋の書原で実際に、モデルにした上村社長と本書のラストシーンみたいなことが起きた。携帯は鳴りませんでしたが。その出来事は自分でも印象的でね。もう一回、やってみるかという気持ちになれた。だから、本の最後のシーンはこれにしようって、前から考えていました。
もう一つ言うと、なぜこういう風な展開で書いたのかなって思ったら、この本は、昨年、3ヶ月くらいの期間で書いたのですが、それまでに韓国ドラマを計1万時間ほど観ていまして、それは、『定年後の韓国ドラマ』という本にまとめたのですが、それがどこかにこびりついていて、こういうストーリー展開になったのかなと。それと、私は以前、シナリオライター志望だったことがあって、『仁義なき戦い』を書いた笠原和夫さん5
*5 笠原和夫映画脚本家。1956年、『頑張れゴンさん』で脚本家デビュー。当初は東映に在籍していたが、途中からヤクザ映画の世界に引き込まれフリーとなる。深作欣二監督の『仁義なき戦い』シリーズの他、マキノ雅弘監督の『日本任侠伝』シリーズ、五社英雄監督の『肉体の門』等、ヒット作多数。2002年没。に、一度だけインタビューしたことがあるんです。笠原さんに、「シナリオ骨法10ヶ条」というのがあって、それを参考にしたりもしました。『仁義なき戦い』って、映画も原作も、読んでいる途中で、誰が味方で誰が敵なのかわからなくなるじゃないですか。そういう要素を入れたら面白いんじゃないかと。
石橋 『仁義なき戦い』と言われると、わかる気がします。読んでいる間は全然想像しませんでしたけど。
藤脇 「小説の本質とは、想像力と虚構性だ」とある本に書いてありましたよ。私に想像力があるかどうかはともかくとして、虚構性だけを全開にして書いたということです。
あと、今、サクセスストーリーは共感を呼ばないと思いますね。押しなべてエンタメ業界は低成長時代ですから、特に出版業界が。
かと言って、希望のない話が共感を得るとも思わないですが、絶望の中に希望を見出すというか、これは小説の書き方の一つですが、そういうことも頭に入れて書いた。絶望的な話に終始してしまえば、そんなの誰が読むんだよと言われるに決まっている。だから数字やデータは、現実に近いものを入れておく。そうすると、中国の魯迅の言葉にある、「絶望の虚妄なることは、まさに希望と同じ」ということになるのかと。
石橋 絶望か希望かっていうのは簡単には言えないと思うんですが、『断裁処分』について僕がいいなと思うのは、教訓だとか、業界に対する真っ当な提案だとか、そういうの抜きで書き切っている。とにかく状況を抉り出そうとしているところでした。変に、「こうあるべきだ」なんて理念を書くのではなくて。
藤脇 実際に答えは出ないでしょうから。

なぜ、小説という手法を取ったのか?

石橋 でも、なぜ今回は小説という表現方法を取ることにしたんですか。
小説という形を選んだことは悪いことではないとは思いますけど、やっぱりこれは、小説家の書いた小説ではないと思う。
出版業界の生々しい実情を描くには小説仕立てにでもしないと、ということだったのかもしれませんが、別の手法もあったんじゃないかという印象も受けました。
藤脇 これは小説というスタイルじゃないと書けないと思いましたね。
石橋 僕にとっては、「藤脇邦夫って人はこれだ」というイメージがあるわけです。すごくリズムよく、アナーキーに、コラムやエッセイのような形式で実際のところを書いていっちゃう人。それこそ『出版幻想論』や『出版現実論』と同じ書き方も不可能ではなかったのかなと。
藤脇 仰ることはわかりますが、でも今回は、会話調にしないとやっぱり書き切れないというか。小説にしないと、単なるエピソードの集積になってしまうから、話が動かない。
私は今まで、そんなに何回も小説を書いたことがあるわけではないですけど、話を動かしていくためにはそういう形式は必要だったかなと考えています。
それと、気づかれたかもしれませんけど、主人公の名前は藤脇の名前を二つに割ったもので、「藤崎」と「門脇」、この二人が私の分身で、そういうふうにしないと話が回らないですから。かたや営業職、かたや編集職という風にあえてしたんですけどね。それと会話が多すぎますね、この小説。カッコつけて言えば、ノンフィクションノベル的なものなのかも。
石橋 そうですね。ノンフィクションノベルとも言えそうですね。
さっきも言いましたが、藤崎があの書店主に会いに行く最後の場面には、とても共感しました。
亡くなった岩波ブックセンターの柴田さん6 *6 岩波ブックセンターの柴田さん 柴田信。岩波ブックセンター会長。2016年10月に86歳で亡くなった。石橋氏は、長期間にわたり柴田氏を取材し、『口笛を吹きながら本を売る』(晶文社)という柴田氏の半生と仕事観をまとめた本を2015年に出版している。柴田氏が亡くなった翌月、岩波ブックセンターの運営会社・信山社が倒産し、神保町にあった店舗を閉じた。は、楽天のこととか、亡くなる前に起きていた出版の状況について、空中戦と呼んでいました。地べたにいる人間たちからは見えない。何しているかもよくわからないし、何もできない。結局、私たちは今日やれることと明日やれることをやるしかないねと。それが、本書のラストシーンの書店の社長の姿に重なるものがありました。実はそっち側に真実があるっていうこともある。
藤脇 でも、10年前と今とでは、また様子が違うでしょうね。今は空中戦ばかりですから。自分で言うのもなんですが、こういう本を書くのは今がギリギリだと思いますね。
というのは、今後、本の総体的な売り上げっていうのは、本だけの売れ行き以外の部分も加算したトータルの部数換算になると思います。CDが出てきて、レコードからCDに変わる時に、両方含めて総合売上をオリコンが発表していた時があったんですけど、本ももう少ししたら、これは予言ですけど、2019年の10月に消費税が10%になったら、かなり本の値段が高いという実感が出るようになるので、その時に2割くらい安くkindleあたりが売り出したら、間違いなくそちら側に傾くと思います。
石橋 業界の統計として最もよく採用されている「出版科学研究所」のデータでは、2015年以降、電子書籍のマーケットの方も同時に発表するようになりましたけど、紙の本との合算で解説することが増えてきましたね。
藤脇 それも本が売れた総計の数字として加算する、ということですね。

「紙の本でなくてはいけない理由」が弱くなってきた

石橋 いろんな人と、出版とか、本とかって今後どうなるんだろうねって話をしたり、もっと本を売りたいねって話をしたりする時に、最後にどうしても行き詰まっちゃうのは……紙の本でなくてはならない理由っていうのが弱いんです。
藤脇 弱いんじゃなくて、弱くなってきているということじゃないですか
石橋 「紙の書籍のほうがいいよ」っていうのは、その形に慣れてきた人たちの生理的な感覚であって。長文を読むにはやっぱり紙だ、みたいに言うけど、紙に慣れている人はそうだけど、すでにインターネット上にも長文は溢れているし、それで読み慣れている人もいるはずです。長文を読解するということに関しては、紙の本でなくてはいけないという根拠は薄いんですよ。
藤脇 それがもっと加速していくと思いますね。
石橋 人類にとって「紙である必要がない」ということが当たり前になってゆくのなら、それをせき止めようとすることに、そもそも無理がある。
藤脇 いつでも世の中は、最終的に便利な方向に動きますから。
石橋 そもそも今の形態の本も、それまでの形より便利だから500年前に誕生してきたわけですよね。
藤脇 Amazonも、最終的に手にするのは本そのものでしたが、まさか時代が進んで電子書籍の配信にまで進むとは思わなかったところに、さらに、取次と書店を外したAmazonからの直接配送7 取次と書店を外した Amazonからの直接配送*7 2017年3月22日付の日経新聞夕刊の記事を以下引用。<アマゾンジャパン(東京・目黒)は、出版取次を介さない出版社との直接取引を広げる。自ら出版社の倉庫から本や雑誌を集め、沖縄を除く全国で発売日当日に消費者の自宅に届けるサービスを今秋までに始める。アマゾンによる直接取引が浸透すれば、取次や書店の店頭を経ない販売が拡大。書籍流通の流れが変わる節目になりそうだ> 、さらに直接配信が可能になりつつある。   
その典型的な事例が最近ありまして、私は以前より、ボブ・ディラン関連の原書があったら、気づく限り(Amazonで)購入しているのですが、そうすると、Amazonの方から、次にこんなのはどうですかって、関連本を勧めてくる。その中に、ある翻訳家が自分で版権をとって、電子書籍だけの本を出版するという情報がありました(「ジューダス!ロック史上最も有名な野次:マンチェスター・フリー・トレード・ホールに至る道」)。
この4月20日に出たもので、1965年にディランがフォークロックに変わった時のある事件を描いたドキュメンタリーで、コンサート会場で「ユダ!」(Judas!)と呼ばれた時の前後を描いたものなんですが、それを直接、Amazonから購入できる。しかも値段は775円。事件自体は50年前のことですが、本として十分検証するに値する内容なので、翻訳家は電子書籍で出版しようと思ったんじゃないですか。どうせ出版されないのなら、自分で翻訳して出そうと。版権の取得は、たとえ個人の取引でも、先方が納得する金額を支払えば、可能な場合もあります。
今までは出版社に相談して、出版社が版権を獲得して翻訳出版していたものを、これからは、自分で版権を買って、自分で訳して、それをkindleのみで出す―――これは新しい形態です。いつか、こんな形の出版が可能になる時代が来るとは思ってましたが、意外に早くその時が来たというのが実感です。これで翻訳出版に一つ風穴が開きましたね。
石橋 とにかく好きだからやるという個人の熱意の受け皿が、ここにきて整いつつあるということでしょうか。
藤脇 kindleとは言え775円というのは、価格破壊しすぎだと思いますが。紙の本であれば、3000円くらいの定価にしたであろうものが、半額の1500円くらいになるならばともかく、もっとずっと安いのですからね。これは一種の出版の価格破壊です。
石橋 著者も動いていますよね。数年前、ある経営コンサルタントの方の本をお手伝いしたんです。その本はあまり売れてはいないのですが、著者は自分で翻訳して、なんらかの形で海外でも販売できるように準備しています。もちろんうまくいくかはわかりませんけど、著者がそういうことを自然と考えるようになっているんだなと。
ところで、藤脇さんの中で、紙の本でなくてはならない理由は今、ありますか?
藤脇 いや、ないですね。単純に年代の問題ですよ。今から生まれてくる子どもは、小中高になるにつれて電子書籍の方に慣れるでしょう。私は昭和30年生まれだけど、自分の年代は紙の方に慣れているから、というだけのことですよ。でも、もう絶版で、電子書籍しか手に入らないというものであれば、買うでしょうね。

それでも本屋をやりたいという人がいなくならない理由

石橋 「紙の本の需要はもうないな」と僕が言い切れずにいるのは……唯一引っかかっているのは、本屋の存在なんですよ。本を、自分の体を痛めて本棚に並べ、客の目を引く空間を作ってお客さんを迎えて、生身の人間が立っていて、そういう中で本を売るのは、紙じゃないとできないわけです。この『断裁処分』の中では、僕にとっては下村社長8*8 下村社長 『断裁処分』の登場人物の一人。書原グループの社長であった上村卓夫氏をモデルにしている。がその象徴ということになります。
藤脇 私ももちろん、書店が消えて行くのは苦々しく思っているけれど、時代の流れはもう止められないでしょうね。ゼロにはならないと思いますけど。
石橋 でも、これだけ書店が潰れて、本が売れないと言われている一方で、本屋を始める人が絶えることなく出現しているんです。新しく始める人が全国各地にいて、古本屋が中心ですけど、紙の本を扱って、小さい店を構えて、地域と繋がりながらやっていきたいという人が出てきている。ブックカフェ9*9 ブックカフェ 文字通り、カフェと書店の一体型店舗。都内を中心に現在ブームとなりつつある。みたいなものだったり、形はいろいろですけど、やりたいのは本屋。そういう人が20代、30代でも出てくるわけです。これは一体なんなんだろうと。単なるノスタルジーだけだとは、思えないんです。
藤脇 名古屋で、2~3年前にそういう形態の店舗を始めた人が言っていました。その人は、最初は喫茶店をやろうと思っていたらしいんです。ところが普通の喫茶店だと、店の特色を出すのが難しい。で、人を呼ぶ手段としてブックカフェを考えついたと。本じゃなくて、中古レコードでも良かったんだそうですよ。
石橋 本屋をやりたいのではなく、その逆の発想で、ということですね。何かをするのに、本が必要だったと。
藤脇 本屋だけでやると言っても人は来ないから、というのは鶏が先か卵が先か、の話ですが、じゃあ、カフェもやろうかと。そういう発想は一つあると思います。その名古屋のブックカフェは象徴的でした。実際にその店主は本好きみたいでしたよ。
だけど、今、ブックカフェ的なものを開こうとしている人は、おしゃれな職業と勘違いしている人も結構いるんじゃないですか。 ただ、最近開店した、西荻のTitle10*10 西荻のTitle 2016年1月に西荻窪にオープンしたブックカフェ。長年リブロに勤めていた辻山良雄氏が店長。辻山氏は、2017年1月に『本屋、はじめました』(苦楽堂)という本を出版している、あれは別格ですね。あの人はリブロでできなかったことを、全部プラスにしようとしている。ああいう品揃えは理想論だけど、東京で、しかも中央線だから成立する部分が多いと思いますよ。
石橋 藤脇さんにはそう見えるってことだと思うな。Titleが、立地など様々な条件を有効活用していることはたしかだと思いますが。おしゃれな職業と勘違いしている人が何割くらいいるのかはわからないけど、僕が見てきた本屋の姿は、ちょっと違うんですよ。本屋というものが地域に一軒、二軒、いくつかあるということが地域で潜在的に求められていて、それに応じているような気がするんです。
藤脇 自分がそういう店があってほしいと思って始めるんじゃないですか?
石橋 本人だけがそう思っている場合もあるかもしれませんね(笑)。カツカツの生活になることを承知でやっているんです。実家が金持ちだとか、そういう後ろ盾もない人が多いですね。
藤脇 一番いいのは、店舗が自宅という場合ね。これならなんとかやっていける。
石橋 一階は店舗、二階は自宅というのはわりと見られる傾向ですね。ダブル家賃になると、かなり負担が大きい。ただ、今までの業界の流れに否定的な発想であることは間違いない。もう業界を信じてないというか。
藤脇 でも、単なる本好きだけではやっていけないですからね。
石橋 ただ、「本をどうにかしたい」という気持ちがなければ、やる気が起きなくなっているのも事実です。
藤脇 その発想の原因の一つとして、今の書店に対する不満があると思いますね。こういう本だけを置いている本屋はないのか、とか。だったら自分で作ろうかというのはあるかもしれません。
石橋 彼らと話していると考えさせられますね。「厳しい時代だからこそ、あえて本屋をやるんだ!」みたいな強い決意めいたものは感じられません。もっと気持ちのままに、自然と始めているというか。これも『断裁処分』を読んで訊いてみたいと思ったことなのですが、藤脇さんとしては、出版社⇔取次⇔書店という、これまでの業界三者の構造を立て直していくキーマンになるのは、やはり取次だとお考えですか? 

出版社、書店、取次の関係性

藤脇 取次はすでに二社破綻11*11 取次はすでに二社破綻 2014年に当時業界第4位だった栗田出版販売が民事再生法の適用を申請。2016年に太洋社が自主廃業。したわけですから、従来の三者構造はもう存在しないでしょう。出版、書店、取次という関係は大きく変わると思いますね。
石橋 中堅取次の存在っていうのは、もう?
藤脇 今から維持するのは難しいんじゃないですかね。生き残っているところ
を一つだけに統合するみたいな噂は出ているけど……かつての銀行再編と、同じことじゃないですか。
石橋 実際にそうなりつつある感じですね。
藤脇 もうめまぐるしくて整理できない感じがあります。取次の直営店が増えるばっかりですね。あれはずいぶんと、経営の首を絞めていると思いますよ。余剰人員はそっちの方に行って欲しい、みたいなのはあるだろうけど、行ったらもう帰って来られないと言われてますね。
それと、『断裁処分』の中には、取次の人間を出版社のトップにするというエピソードが出てきますが、そういう発想自体、実は変なんですよ。変なんだけど、意外性があって面白いかなと。ストーリーの作り方として、わざと異質な設定を考えて話にアクセントをつけるという、そういう手法があるんです。それも先の笠原さんのシナリオの方法から教わったんですが。あり得ないことを、逆にあり得るようにすると、そこにドラマが起こる。
だから、書いてはいけないことを書くということですよ。瀬戸内晴美(寂聴)さんによると、「書いてはいけないことを書くのが小説の役目」だそうですよ。
石橋 もう一つ、僕がこの本で勉強になったのは、印刷会社、製紙会社の話と流通問題とをドッキングさせて、一つのステージとして語られていることです。これは重要だなと思いました。紙の話をしないで、紙の本の話はできませんよね。そこを無視すると、全体のマーケットが見えない。
今年の初めからSOSが出ているわけですが、これまでのような流通体制が維持できないという、出版輸送の問題が話題になっています。これについては、本の中では触れていないですね。まあ、あらゆる関係者を物語に入れようとしたら、さすがに収拾がつかないでしょうけども。
藤脇 そうすると印刷屋と紙屋だけの話になってしまうから。それはどうかなと思って。

日本の出版社の8割は零細企業?

石橋 あと、登場させてくれたら嬉しかったなと思うのは、ごく数人とか、一人とかの規模でやっている出版社の人ですね。数としては、そういう出版社がいちばん多いんですが。
藤脇 私のいた会社もそうでしたよ。書籍部門は2~3人でした。そもそも雑誌の出版社だったから。1988年くらいまでは、営業は私一人、あと編集一人、そんな感じでした。
石橋 日本に限りませんが、出版社の8割以上は、そういう規模ですよね。もちろん、刊行点数や売上げといったマーケットに占める割合は、大手と中堅でかなりを占めるわけですが。
藤脇 仰る通りです。そういう小さな出版社の存在も登場させるべきだったんでしょうが、大手出版社を舞台にしないと、話が違うものになってしまうので。それに、そうすると恨みつらみばっかりになっちゃうから(笑)
石橋 従来の流通システムから外れて、自分のやり方でやる出版社も出てきているわけで。
藤脇 ミシマ社とか。
石橋 トランスビューにならったことをベースに、直取引メインでやっていますね。トランスビューもミシマ社も、補完的に太洋社も使っていましたけど、潰れちゃったんで、今はそれを八木書店に依頼していますね。直取引ありきというより、取次とやっていると自分が望むような形で書店と組めないという考えがある。
藤脇 書店の卸しはどのくらいなんですか。
石橋 トランスビューは、多くは68%です。私の本に詳しく書いているので是非読んでいただきたいですけど(笑)。

今からあと10年、出版業界で闘わなければならないとしたら?

藤脇 でも、今さらですが、この本はちょっと登場人物が多すぎましたね。だから最初に登場人物一覧を入れたんですが。
石橋 あそこに戻れるから、便利ですよね。僕は登場人物が多いとは思わなかったですけど。推理小説とかでも、読んでいる途中でわからなくなっちゃうことがありますしね。僕は、この本は、このくらいの人物が登場することが持ち味だと思います。年齢が入っているのもいい。藤崎、門脇という、物語の中心になる人物をいずれも50歳にしたのは、どんな意図があったんですか。この年齢の登場人物は、他にもいますね。
藤脇 私は一昨年、60歳で定年退職しましたけど、いろんな人に、「この業界が一番大変な時に、これは勝ち逃げだ」と言われて、それで考えたんです。自分がもし今、10歳若かったらどうしたのかなと。その仮定で書き始めたところがあります。
石橋 今から、あと10年、戦わなければならないとしたら?
藤脇 50歳って、一番金がいる時じゃないですか。子供とかローンとか。今、そんな時期だったら、どうしただろうなって。その発想を膨らませて書きました。今、50歳前後ということは、バブル期の時の入社になるんですよ。一番景気のいい時に入って、業界が右肩下がりになってきて今ピンチ……こうなったらどうするか。特に、大手版元にバブル期に入社した人は、金が使い放題だった時代もあっただろうから、ずいぶんと勝手が変わって、人生設計が狂っただろうなと思いますね。要するに、自分がそういうシチュエーションで生きていたら、どう考えたかなと妄想を膨らませて書きました。もし私が就職氷河期の入社だったら、また違う時代背景で書くことも出来るかもしれませんが。
石橋 『断裁処分』では、主人公の一人である、文芸雑誌編集長の50歳の門脇が、ある書店の店長に、「なんで売れない作家を支えているんだ?」と問われて、ちゃんと答えられないという場面が出てきます。最後までこの人は、それに答えないわけだけど。
藤脇 答えてしまうと面白くないから。答えられないし。
石橋 その、「答えられない」でいるという人物設定が、絶妙ですね。
藤脇 というか、そういう人間だから。社内の上司からは、「君はどうするつもりかね? 毎年これだけの赤字を出しておいて」と言われてしまう。
今まで、大手の小説雑誌は、たとえ完売しても赤字なんだけど、「その連載をまとめた単行本の出版で、なんとかトントンにすればいい。トントンならいいんだ。あとは文庫でペイすればいい」という前提で続けているところがある。ところがこの図式がもう、通用しなくなってきたわけですよ。著者の接待費を削れ、などといった「経費削減」なんて、今まで言われたことのない問題を出される。作家にそのまま、「今までの半分しか出せない」と言えばいいじゃないか、「他社からその本を出してもらえば」って言えばいいと……これは既に現実ですからね。
石橋 先ほど、今の時代に小さな書店を始める人が絶えないと言いましたが、小さな出版社を始める人もいる。僕はそういう人たちとも付き合いがありますが、彼らはたぶん、堂々と著者にそれを言うと思います。
そして、「なぜ売れない作家を支えているのか?」と訊かれたら、堂々とこう答えると思います。「この人の書くものは重要だから、世に送り出さなくてはいけないんだ」って。それで会社がやっていくには、初版2000部なんだと。だから、初版2000部でやっていける出版事業を目指す生き方になってきている。それで年間何冊出版すれば出版社としてやっていけるかを現実的に計算し、それでお金が足りないのなら、編集作業とかのアルバイトをして稼ぐ。そういうふうに生きていくことに、堂々としているんです。価値観が変わってきているんですね。
一方で、藤脇さんが戦ってきたこともずっとテーマであり続けるだろうと思うんですね。藤脇さんは『出版現実論』で、「本は売れる商品であることが一番重要なんだ」と書かれていたし、そう言い続けてきた人です。文化を建前に「売る」というテーマから目をそらした、いわば文化の皮を被った俗物たちの化けの皮を剥いできた。藤脇さんは、そういうものと戦い続けてきた人だという印象があります。

売れる傾向がわからない本は「商品」とは呼べない?

藤脇 この本の中にもありますが、「売れる本の傾向なんて、あるわけないだろう、食べ物じゃないんだから」と思っているところもあって、じゃあ、そう考えると、初めから本というのは「商品」とは呼べないのではないか、ということになる。これは昔からそう思っていたんです。売れる傾向を考えて作るのが「商品」のはずなのに、本はそんなもんじゃないんだって、いろんな人から、何度言われたかわからない。ある人からは、「新刊を出さない方が、赤字は少ないんだ」って言われたこともあって、これはショックでした。
石橋 『断裁処分』の藤崎・門脇という二人の主人公を、藤脇さんの分身のようなつもりで読んでいたんですけど――文化の皮を被った俗物の化けの皮を剥ぐようなお仕事をしてきた藤脇さんにとって、あるいは、売れる本がいい本なんだと言い切らざるを得ないほど、「売れる」ことと向き合ってきた藤脇さんにとって、『出版現実論』を出した20年前と、『断裁処分』を書くことになった現在とでは、「売れる」ということの価値観そのものが変わってきたようなところはありますか?
藤脇 もちろんです。20年前、『出版現実論』を出した頃は私自身、試行錯誤していたけれども、あの本を出版した後に、自分が企画したものでヒットが出たりしたので、少しは、売れるということの実感を味わうことができました。さっき、売れる傾向の商品という話をしましたが、売れる傾向(トレンド)に乗っかるのは、当たり前だなと気づくようにもなった。でも、二番煎じでいいんだけれど、その中で頭一つ突き抜けなきゃいけないことも、自分の体験として知ることができたわけです。まだ30代後半か、40代くらいだったから、これは貴重な体験になりました。
あと、2000年のAmazonの登場は大きい。Amazonについてはいろいろと功罪もありますが、「功」の部分で言えば、Amazonの中では、「本」はすべて等価なんです。もちろん知名度や内容や、出版社の違いはあっても、最初のスタートラインが条件的に均等であれば、それは、出版社の規模に左右されない道筋を作ったことになるんじゃないですか。  
私はそもそも、映画と音楽の本を作りたくて出版社に入ったんで、音楽で言うと、フランク・ザッパとか大滝詠一さんとか、そういうものを買う人には一種の宗教みたいな回路があるんですよ、いわゆるカルト本には。そこに情報が届けば、今みたいなSNSの時代じゃなかったけど、そこを見ている人間だけを知っていれば、刷けるんだとことがわかった。2001年にはちょうど、『オール・アバウト・ナイアガラ』という、大滝さんの昔の本の増補版を5年もかけて作った時で、Amazonの事前予約で初版部数の2割の注文が来た時、大体この種の本の売り方も理解できるようになった。同時に、タワーレコードやHMV、ヴィレッジヴァンガードなどに取次の帳合がちょうど付き始めた頃で、普通の書店への配本の意味はあまりなかった。フランク・ザッパなんか、9800円もする本で、これはもう特殊な本だから、注文扱いでお願いしますと。
そりゃそうだよね、事前注文ですべて売れているんだから、わざわざ取次で配本したら返品になるじゃないですか。あの時は、たまたまマニアとの連携が良かったとも言えるけれど、そういう風になるようにAmazonが出てきてからは仕掛けられたというか。成功体験とまでは言わないけれど、それが6~7年は続いたんです。
振り返ってみれば、歴史って、本当にうまくできているもので、バブルの1988年~90年くらいで、コンビニの雑誌販売の売り上げが倍々ゲームになっていって、そこを転換期として、雑誌の販売方法が変わった。次に、Amazonが上陸して、2000年に書籍の販売方法が変わった。それが一段落した頃には、書店と取次の方が先に疲弊してしまった。
Amazonが絶対ということはないけれど、取次と書店を外して、最近は直接読者と取引するようになってきた。大手の出版社がすべてAmazonに傾いていったら、もう書店はなくなってしまう。そういうのが一般的になってきて、さらに小さい出版社でも、直接取引で翌々月に現金で入って来るようになると、取次の清算を待つという資金繰りの考え方自体が変りますよ。
これはあえて書籍に限って言いますが、逆に今から考えると、「委託販売」って、不思議なシステムですよね。よくあんな販売方法を考えついたと思いますね。つまり商品を預かって、流して、書店に販売してもらうという猶予期間を設けておいて、仕入れて返品して清算するという、よく考えついたもんですよ。
それともう一つ、TSUTAYAが今、出版社を買収しているでしょう12TSUTAYAが今、出版社を買収しているでしょう*12 TSUTAYAが今、出版社を買収しているでしょう TSUTAYAを展開するカルチュア・コンビニエンス・クラブは、2017年3月に徳間書店を買収することを発表。2015年には、民事再生法の適用を申請した美術出版社の再建スポンサーとなっている。。あの傾向は、今後もっと進むんじゃないですか。徳間書店の件はびっくりしたけど、『アサヒ芸能』は残るみたいだし。あと阪急コミュニケーションズもね。本を売るところが、本を作る時代---出版社になった象徴とも言える出来事ですよ。なんだかんだ言って、やはり、販売先を持っているということは最終的に強いですから。
石橋 どうなっていくかは予言できないですけど。
藤脇 でも、TSUTAYAに危機感があるんだと思いますよ。DVDレンタルが映像配信に変わっていくのは時間の問題で、かなり具体的になってきていますからね。そういうことを一度経験すると、わざわざ借りに行って返しにはいかなくなる。

「断裁処分」というタイトルの秘密

石橋 端から見れば取次は不透明なところはあったりして、横暴なんじゃないか、みたいな見方があるわけですけれど、必要悪というか、ブラックボール化することが必要な時もあるんじゃないかなとは思いましたね。書店からは翌月に取って、出版社には7ヶ月後とかに払うという、このスパンを取っているというのは、取次には大事なことだったんだと思いますね。
藤脇 そういう販売方法じゃないと出版物は伸びなかったんでしょうね。でも、誰が6ヶ月という設定をしたんでしょうね。5ヶ月でもいいのに。これだけの金額とこれだけの人数を動かすのにはそのくらいかかると見越したんですかね。雑誌が3ヶ月清算なのはわかりますよ。要するに次の号が出て、前の号は全部返品されてしまうわけですから。だから、私がいた出版社の経営者は、「出版社は雑誌中心じゃないとダメなんだ」って言っていましたよ。つまり、書籍はどれだけ売れたか、いつまで経ってもはっきりしないんだと。雑誌は売れていても売れていなくても三か月後にはっきりわかる。
とにかく、Amazonの直接取引のシステムだけを考えるのであれば、昔はなんて複雑なことをやっていたんだろうって、思うようになりますよ。これから10年先に、もっとそう言われるんでしょうね。本も、「まだ紙で読んでる人がいるんだ」って言われているかもしれない。CDとレコードの関係みたいに、レコード復活と同じように、また紙が復活したりもするんだろうけど。
石橋 本は売ってなんぼの商品であるということと向き合ってきた、出版営業マンとしての藤脇さんにとって、『断裁処分』を書くまでの20年間というのは……?
藤脇 先も述べたように、一般的な本の企画を考えられない性分もあると思いますが、「新刊を出したら、自分で考えるしかない、最終的に売れればいい」という会社でしたからね。最初に私が出したビートルズの本は、あまり売れませんでしたけど、評判は良かったんです。しかし社長には、「なんだ、褒められただけか」って言われましたよ。売れないと始まらないと。そこが自分の、出版の原点かもしれないですね。
石橋 僕は僕で能天気なのかもしれないけど、いろんな絶望的な状況が進んでいるという中で、いわゆる業界のシステムがどう動いても、とにかく本を売ろうという毎日をただ送っている人がいるということが、この作品の支えになっているんじゃないかと思います。
藤脇 理想論で終わったかもしれませんけどね。
石橋 理想論と現実論ですね。
藤脇 ところで、この『断裁処分』というタイトルはどう思いました?
石橋 最初は、よくわからないなと思いました。一読した時も、『断裁処分』にした意味がわからなかった。僕の理解が正しいのかどうか逆に聞きたいのですが、物語の中で、リストラを次々としていきますよね、そして、出版社の統合があって、売れない作家も、断裁処分みたいなものですよね。
藤脇 『断裁処分』って、出版業界用語ですが、一応トリプルミーニングくらい入れたつもりなんです。現実社会で断裁と言えばリストラのことですよ。主人公も、周辺の人物も、出版社も、業界でさえも「断裁」状態になってしまう、リストラされてしまう。取次が三社統合っていうのも実話になる可能性が高い。
最初に思いついたタイトルは、『洛陽の紙価』で、つまりベストセラーの故事成語ですけど、それじゃあ読者はわからないと言われて。それで、打ち合わせしている時に、『重版出来』13*13 『重版出来』2012年から『月刊!スピリッツ』で連載開始した、漫画編集者がヒロインのコミック。2016年春に黒木華主演でテレビドラマ化され、ブレイクした。余談だが、この作品ではじめて「じゅうはんでき」ではなく「じゅうはんしゅったい」と読むことを知った出版関係者が多数いた模様。が話題になっている時期だったので、逆に、出版業界で一番不吉な言葉って何だろう、ということになって、『断裁処分』かなって。でも、このタイトルを聞いても今ではピンとこないでしょう。知り合いからは、『断裁処分』なんて、お前の本が一番最初に処分されるんじゃないかってメールが来ましたよ。

2017年4月 都内にて収録

藤脇邦夫 (ふじわきくにお)
1955年広島県生まれ。大学卒業後、専門学校、業界誌を経て、1982年出版社に入社。2015年に定年退職。著書に『仮面の道化師』(弓立社)、『出版幻想論』『出版現実論』(ともに太田出版)、『出版アナザーサイド』(本の雑誌社)、『定年後の韓国ドラマ』(幻冬舎新書)がある。

石橋毅史 (いしばしたけふみ)
1970年生まれ。出版社営業、出版業界専門紙「新文化」編集部を経て、2010年よりフリーランスに。著書に『「本屋」は死なない』(新潮社、2011年)、『口笛を吹きながら本を売る―柴田信、最終授業』(晶文社、2015年)、『まっ直ぐに本を売る―ラディカルな出版「直取引の方法」(苦楽堂、2016年)。2013年より「本屋な日々」を連載中。 http://hibi.peatix.com


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