第1回 いじめ受け、僕がすること

不登校日記

僕は昨年の六月から学校には行かず、家庭学習の日々が続いている。
僕の中学校で、連日「死ね」と言われている子がいた。ある時、口の悪い女子が、彼に「死ね」と言った。彼は微動だにせず、「人はいつかは死ぬ」と言い返した。すると、その女子は、「早よ死ねいう意味じゃ!」と怒鳴った。僕は彼に、「このことお母さんには言ったんか?」と聞いた。

こういうことが続き、僕は担任に「あのままでは彼はやられてしまいますし、次が僕の番になるのが恐いです」と訴えた。
けれどその時、僕には二つの思いがあった。一つは、弱き者が虐げられている事に対する憤り、もう一つは、その鉾先がいつか自分に向けられることに対する恐怖だった。
担任は、「分かりました。対処しておきます」と答えたが、彼へのいじめは酷くなる一方で、本当に対処しているのかと僕が尋ねると、「対処しておきます」を繰り返すだけだった。

僕は彼をかばっていたが、同級生から「彼をかばっていたら君がやられるよ」と忠告を受けた。学校内では弱者に対する「死ね」は茶飯事で、相手の首を絞めつける「遊び」が流行していた(少なくともこの学校の教師は遊びとして認識していた)。そこでは、人間としての常識は通用しなかった。それを聞くのも見るのも許せない僕は、異端視された。
案の定、いじめの刃は僕に向けられ、プリントを配る時、机に触れただけで「凜太郎が机に触った!」と叫び、ばい菌扱いされた。
単なる相手の聞き間違いなのに、僕の暴言とされ、外が真っ暗になる夜七時を回るまで、四人の教師に尋問を受け、相手に謝るまで帰さないとばかりに学校に残され、謝罪を強要されたこともあった。

校区外から来ている僕にとって、こんな遅くまで一人で学校に残されるのは初めてのことで、家族が心配していると思い、自分の携帯で電話を掛けようとした。すると教師に手から携帯をもぎ取られ、その教師は「もう連絡してあるから大丈夫」と言って、自分のポケットに入れてしまった。後で開くと、この時、心配した親が学校に連絡したが、学校からは何の事情の説明も無かったという。さらに、心配して駆けつけようとした母に、「来ないでいいです」と言っていたことが分かった。
しかし、たとえ七時を回る時間まで残されようと、無実の罪に対して僕は絶対に謝らなかった。

こんなこともあった。廊下を歩いていて方向転換をする時、一瞬女子トイレの方向を向いたからといって、「変態!」「変態!」とはやし立てられた。屈強な上級生からも、廊下で集団で取り囲まれ、そのリーダー格に「こいついじったら面白いで」「こいつのあいさつの仕方面白いんや」とからかわれた。
廊下も安心して歩けない。限界を感じ、親が別室登校を頼んだが、教師に教室に行くよう強要され、追い込まれた僕は、戦場と決別して自宅学習にした。

 近頃、報道で、全国的にいじめが原因の自殺を見聞きする。教師に助けを求め連絡ノートに書いても、教師に訴えても相手にされず、逝った子はどんなに無念な気持ちだっただろう。いじめにより、「死」よりも恐ろしい思いをしていたはずだ。
いじめとは、自分よりも弱い者に対し、暴力や嫌がらせで快楽を得る犯罪だ。また、たとえそれが教師であろうと誰であろうと、傍観者も同罪だ。
いじめが続き教師が対処しないなら、取るべき行動は一つ。いじめの現場から離れること。それは決して逃げることではない。不登校でも生き延びて、その非道を世に知らせ、いじめという「悪を許さない社会」を創る大人になることだ。

 泥にまみれた中学校生活の幕開けとなったが、一つだけ、心底心に残った思い出がある。度々、女子が因縁をつけにきた時、一人の男子が、「それくらいにしたれ」と叫んで、引っ込んだ。それは、あの時僕が助けた「彼」だったが、彼の声は悪口雑言に支配された者達に届くことはないほど、か細い声だった。しかし、僕の耳には今尚しっかりと残っている。
 

黄水仙一輪咲きで生きていく

僕が暴言や悪しき教師(生徒に悪しきと言われている時点で教師失格)から逃れる為に不登校になった時、土手で他から離れて咲いている黄色い水仙を見て詠んだ句だ。


小林凜 (左)。右はひとつ年下の濱口瑛士くん (著作『黒板に描けなかった夢』)。同じく不登校に悩みながら、芸術活動を続ける仲間として交流している。
小林凜 (左)。右はひとつ年下の濱口瑛士くん (著作『黒板に描けなかった夢』)。同じく不登校に悩みながら、芸術活動を続ける仲間として交流している。

小林凜 (こばやし・りん)

本名・凜太郎。2001年、5月大阪生まれ。中学3年生になった今も不登校の日々が続く。小学校入学前から句作を始め、9歳の時に朝日俳壇に「紅葉で神が染めたる天地かな」で初投句初入選。

2013年に『ランドセル俳人の五・七・五 ~いじめられ行きたし行けぬ春の雨』、翌年『冬の薔薇立ち向かうこと恐れずに』(ともに小社)を出版し、話題を集める。好きな俳人は小林一茶。母と祖母と犬と暮らす。