認知症鉄道事故裁判
~閉じ込めなければ、罪ですか?~
JR東海がこんなやり方さえしなかったら、
たとえば形だけでも線香でも持って挨拶に来てくれてさえいたなら、
訴訟になどなっていたはずがありません。
天下の大会社がこのように強硬に言ってきたら、大概の市民はびっくりして、
借金をしてでも請求額を支払ってしまうでしょう。
事実、後日訴訟のなかでJR東海は
「すべての案件で損害賠償請求を行い、ほとんどのケースにおいて相続人は、
請求に応じて賠償しています」としています。
つまりJR東海には、強く出さえすれば必ず取れる、
という成功体験と驕りがあったのでしょう。
しかし私たちは、このやり方に大変強い違和感を持ちました。(本文より)
線香の一本もないまま、ある日突然、JR東海から720万円の請求書!
悪しき判例を残さぬため、息子は巨大企業と闘うことを決めた。
その全記録!息子と裁判を支えた援軍10人の寄稿文も収録!
~息子と裁判を支えた援軍10人の寄稿文も収録!~
遠藤英俊 「主治医として、診療の経過と学んだこと」
森田(旧姓:中原)史恵 「認知症鉄道事故裁判への思い」
高見国生 「高井さんの勇気が、介護家族に大きな安心を与えた」
銭場裕司 「事故は誰の身にも起こり得る」
浅岡輝彦 「JR東海認知症高齢者事件を担当して」
田村恵子 「JR東海認知症高齢者鉄道事故訴訟を振り返って」
畑井研吾 「JR東海認知症高齢者列車事故訴訟を担当して」
宮島俊彦 「『認知症の人』が地域で生きる時代へ」
永田久美子「認知症とともに生きる現実と覚悟~高井さん父子が問いかけていること」
堤修三 「認知症者による事件事故に対する社会的対応」
もくじ
はじめに――ある日突然、巨大企業に訴えられたら
第一章 8年目の逆転判決
第二章 父が帰らなかった日
第三章 家族総動員の在宅介護
第四章 突きつけられた損害賠償請求
第五章 訴訟に臨む
第六章 巨大企業の暴論と裁判所の無理解
第七章 報道と援軍の支援が始まった
第八章 勝ち取った「家族に責任なし」
第九章 最高裁判決がもたらしたもの
第十章 私の父、家族
あとがき
第一章 8年目の逆転判決
第二章 父が帰らなかった日
第三章 家族総動員の在宅介護
第四章 突きつけられた損害賠償請求
第五章 訴訟に臨む
第六章 巨大企業の暴論と裁判所の無理解
第七章 報道と援軍の支援が始まった
第八章 勝ち取った「家族に責任なし」
第九章 最高裁判決がもたらしたもの
第十章 私の父、家族
あとがき